ラヴシークレットルーム Ⅱ お医者さんの彼との未来
早紀さんも穏やかな顔でそう言った後、祐希とともにダイニングから消えた。
そしてダイニングには大人3人が取り残されてしまった。
早紀さんに勧められるがままに3人と早紀さんの手料理をご馳走になった。
「伶菜クン、食べてやってくれるかな、寿司。」
東京の日詠先生は鮭と茗荷のお寿司をお皿に盛り付けて、手渡しして下さった。
私はナオフミさんが口にしなかった早紀さん手作りのそのお寿司を口に運んだ。
そのお寿司は母が作ってくれたものとほぼ同じ味がした。
『美味しいです・・・』
「それにしてもちょっとベタッってしてるだろう?もう少し、寿司飯が硬くてもいいような気がするんだが・・・」
月並みな感想しかいえない私とは対照的に容赦がない日詠先生。
「でもね、一生懸命、詩織ちゃんが書いてくれたレシピを見ながら作ってるんだよ・・・“尚史が好きな母の味を教えてもらったから頑張ってマスターしなきゃ”ってね・・・その姿が健気でな・・・・」
でもその言葉の節々にはちゃんと早紀さんへの愛が溢れていて。
「柔らかいけど、食べてやってくれるかな。ほら、尚史も・・食ってみなさい。いらないとか言わずにな。まだいらないって言っておけばいいのにな。」
「・・・・・・」
「お前も早紀も、なんとも不器用だな。食べ物に自分の想いを乗せるなんて・・・ほら、お前も食べなさい。」
「・・・・・・」
「早紀の想いがいっぱい込められてるからな」
息子と母をなんとか繋ごうとする父親の愛も溢れていて。
「ああ、いっぱい伝わってくる・・・でも、無理して欲しくない・・・詩織さんになろうとするような無理は。」
目の前に置かれたお寿司をじっと見つめながら
少し困った顔で
優しい低い声で
ナオフミさんはそう言った。
「無理か・・」
「詩織さんは詩織さん。母さんは母さん。どっちも俺にとって大切な母親。大切なお袋。だから詩織さんになろうって無理して欲しくないんだ。そんな必要もないし。」
「・・・そうか。お前にそう言わせてしまってすまない。」
日詠先生はさっきまでの勢いがウソのように影を潜め、肩を落としながらそう呟いた。
「高梨さんは高梨さん。父さんは父さん。どっちも俺にとって大切な親父。」
「・・・・・・・・・」
日詠先生は黙ったまま目を見開いてナオフミさんをじっと見つめた。
「他人がどう思うかなんて興味はない。俺はもうずっと間違いなく幸せなんだ。」
日詠先生の瞳をじっと見つめながら、はっきりとした口調でそう言い切ったナオフミさんは小皿に盛り付けられたお寿司をようやく食べ始めた。
ひとくちずつ噛み締めているようにゆっくりと。
その横顔を見ることができた私は
今日ここにナオフミさんを連れてきたことを少々後悔していた自分が救われた気がした。
ココロが大きく揺れている時
ココロを落ち着かせてくれる
ココロを救い上げてくれる
そんな魔法
日詠先生とナオフミさん
ふたりの雰囲気が似ているのは
血の繋がった親子という理由だけでなく
・・・ふたりともその魔法を手にしているからだと思った。