ラヴシークレットルーム Ⅱ お医者さんの彼との未来
でも彼はというと
決して私に背中を見せることなく、
私のほうを向いたまま笑ってくれていた。
そして、彼は急いで口を開いた。
でも、ドアに遮られて、もちろん声は聞こえなかった。
だから、私は必死に彼の口の動きを読む。
胸が痛いなんて言ってられない
きっと、大切なコトだから
そう自分に言い聞かせて彼の口元を凝視した。
“い”
『い?』
“っしょ”
『お?』
“だ”
『あ?』
ドアで仕切られてしまっている分、彼の声はもちろん
かすかな音漏れも聞こえてこないせいで
彼の口の動きから母音しか拾えず、彼が言いたかったことがわからなかった私。
聞こえなかった、彼が言いたかったコト
ドアが閉まる前に聞きたかった
聞いておけばよかった・・・
更に胸が痛み始めてしまった私の目の前で
ドアの向こう側にいた彼はハニカミながら左手を下方からスッと引き上げた。
その手には
私の左手の中にあるモノと同じ
・・・銀色の小さなハーモニカがぶら下げられていた。
そして彼は私に背を向けることなく、ハニかんだまま、そのハーモニカを指差した格好のまま、あっという間に私の前から消えてしまった。
とうとう彼の姿が見えなくなった私は
ようやくついさっき彼から手渡された白い紙を開いてみた。
それは昨日見たモノと同じ
達筆な文字で彼の名前が記入されていた
・・・・・婚姻届だった。
さっき、彼が言ったコト、聞こえなかった
でも彼は
私の手の中にあるモノと同じモノを持っていてくれた
そんな些細なコトだけど
なんだかココロ強い
彼が離れた場所にいても
今までと同じように、、私のすぐ傍にいてくれるみたいで
物理的には離れていても
ココロはすぐ傍にいてくれるみたいで
この先、何が起こっても
彼と一緒に乗り越えられる
そう思えるんだ
「伶菜さん、ここにいたんだね。そろそろ僕達も行こうか。」
だから、この時は入江さんの自分を呼ぶ声に
『ハイ、行きましょう・・・まずはホテルに戻って荷物持ってきていいですか?』
私は特に躊躇うことなくついていけたんだ