初恋エモ


「もしかして緊張してますか?」

「してねーよ」

「今日のクノさん、いつもと違う感じします」

「別に」


車のエンジン音が静まると、バスドラムの音がかすかに聞こえた。

ライブ審査は着々と進んでいる。


私は嫌な予感がしていた。

翠さんにフラれた時みたいに、腑抜けたライブをされるのではないかと。


明らかに今日のクノさんには覇気がない。


「……朝、なんかあったんですか」


思い切って聞いてみた。

クノさんはぴくりと視線が動いたものの、黙ったまま。


「実家ともめてる、ってミハラさんが教えてくれました」


そう加えると、あいつ喋りすぎなんだよ、と彼はつぶやき、マスクを顎にずらしコーヒーをすすった。


エンジン音が混ざった風が吹き、彼の長い前髪が揺れる。

その奥にある目は、弱々しさを帯びていて。


「もめてるっつーか、なんつーか。まあ」


彼から珍しく、歯切れの悪い言葉が吐き出された。

きっと今朝も色々もめてたのだろう。


「ここ、あざになってます」


私は、クノさんの口元にある赤紫の点を指さした。

すぐにマスクで隠された。


そのまま彼をじっと見つめると、瞳が軽く揺れた。

にらむように見続けると、ようやく彼は口を開いた。


「親を一発殴ってきた。んで、殴り返された」

「え……」

「大学行けってうるせーから、今朝、バンドで成功するって宣言した。そしたら、絶対無理だって言われて、腹立って……」


――部活辞めてフラフラしてた俺を追い出した親とか。時々頭の中で言ってくるんだよ。
お前には無理だ、また同じような結果になるって。


ベースを始めてすぐの頃、川原の野球場でクノさんが言ったことを思い出す。

嫌な記憶を思い出してしまったのだろうか。

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