ねえ、理解不能【完】
家が近づいてくるまで、一言も話さなかった。
私はずっと黙って千草の後ろを歩く。
曇り空が私と千草の上には広がっていて、
それだからかブルーな気持ちは募るばかりで。
千草の背中は一度も振り返ることはなかったけれど、だからといって遠くなることもなかった。
隣にいなくても私がどれくらいのスピードで歩くのか分かっていたんだと思う。
埋まらない距離、でも離れない距離。
二人の間はずっと一定で、千草が歩くスピードを私に合わせてくれていたこと、私、気づいてるよ。
喧嘩みたいな状態なのに、千草は私を甘やかす。
そうやって千草が甘やかしくれる限り、私はどこか安心していられるの。
ワガママって他のひとに言われるのと、千草に言われるのとでは全然意味が違うのは、たぶんそういうところにあるんだと思う。
曇り空を見上げたら今にも雨が降ってきそうで、なんだか不吉な予感がしたけれど、もし雨が降ったとしてもすぐに止んで、ひょっとしたら虹がかかるんじゃないかな、なんてこの時の私はお気楽だった。
千草の家の方が、私の家より手前にある。
ASAHI と彫られた木製のネームプレートがかけてある門の前で、その背中が静かにとまった。