クローバー~約束~
想い出にうずもれて
恵美は、拓也からの一方的な婚約破棄の話を聞くと、「乗り込む!!」と言い出した。さすがに、それはプライドが許さない。私は、フラれたのだ。見事なまでに。拓也の目を見て思った。望みはもうない。
「だったら、飲み明かそう!」と誘われて、駅前の居酒屋に来ている。
「とりあえず、かんぱ~い!!でいいのかな?ちょっと違うよね」恵美がお茶目に言った。
「ううん、来てくれてありがとう、だから、乾杯、だよ」
「久しぶりだもんね。じゃあ、再会に、乾杯!!」
親友の恵美、それにみんなにもこのところ会っていなかった。結婚準備が忙しくて、それどころではなかった、というのは言い訳で、1時間でも、10分でも時間があれば、拓也といたかったのだ。それほど、ベタ惚れだった。拓也との出会いは、いわゆる合コンで、拓也の方から近付いてきた。合コンの2次会の最後に、携帯番号の書いた紙を渡された。話題が豊富で、みんなを笑わせるのが上手なだけでなく、聞き上手でもあった拓也は、きっと注目されていたと思う。もちろん私も。私は、ほんわか系だね、癒し系だね、と言われるけれど、そうなのかな。そんなところが、拓也は好きだったのかな・・・と思うと、また、涙があふれた。
「美穂~。大好きだよ。早く立ち直ってね」と言う恵美はべろんべろんに酔っている。
「はいはい。私も大好きよ。タクシー呼んであげるね」
いつもは、しっかり者の恵美がこんなにべろんべろんになるなんて。立場が、完全に逆転しちゃってる。
恵美と2人でタクシーに乗り込み、恵美のアパートへ。靴をぬがせて、恵美を支えて、ベッドへ。そこで、母から、LINEメッセージが入った。「拓也さんと一緒にいるからって、あんまり遅くなるんじゃないのよ」
あぁ、両親にも説明しなきゃいけないのか・・・と思うと気が重くなる。私の左薬指には、まだ、婚約指輪が光っている。

「本当に、もう駄目なの?」母はやりきれなさそうな表情で言う。
「ママ、私、ふられたのよ。婚約破棄してでもいっしょにいたい女性がいるって」
「仕方ないだろう。結婚してバツがつくよりましだ」父は投げやりに言う。
「そんな言い方、美穂がかわいそうじゃないの」
「親戚に顔向けできない、僕らだって被害者だ」
「とにかく、報告したからね。結婚はおじゃん!以上!部屋に行くね。しばらく1人にさせて」
つとめて明るく言ったつもりだ。でも、もしかしたら、声が震えていたかもしれない。

部屋に入って、深呼吸する。
「返しそびれちゃったな」掌の中の婚約指輪を見ると、また、涙が出てくる。
「美穂と拓也のHISTORY」と書いた、紺のアルバム2冊を本棚から引っ張り出してきた。
2年付き合って、2冊、行かなかったな。
開いてみると、2人が出会った合コンの写真から、初めて拓也に連れて行ってもらったイタリアンレストランの豪華な料理の写真・・・拓也はかなりのグルメだった。一度も、私の手料理を食べたい、って言ってくれなかったな。2人で行った、鎌倉。アジサイの時季だったから、紫陽花寺には、きれいなアジサイが咲いていた。今でも思い出せる、きれいな景色。付き合って2ヶ月。旅行に行かないか?と言われて言った京都。初めての夜。和菓子が苦手なのに、なぜか八つ橋だけは食べられた拓也。私が抹茶アイスをスカートにこぼして、「ドジだなぁ」といいながら自分のハンカチを濡らして、拭いてくれた優しい笑顔。好きだよ、とか、愛してる、とかはあまり言ってくれなかったけど、キスやハグは人目をはばからず、いっぱい、いっぱい、してくれたっけ。そして、函館山からの夜景をみながらのプロポーズ。返事が遅くなって、「断られるのかと思ったぁ。よかったぁ」ってほっとした笑顔をくれた拓也。結婚が決まってから、ケーキバイキングに行って、「ウェディングドレスが入らなくなっても、知~らないっと!」と無邪気に笑う拓也。「大丈夫、ドレスは大き目だもん」ってふくれる私。
そして、「拓也からの手紙」と書いたBOXを開けてみる。拓也は筆まめで、あたしの書いた手紙には必ず返事をくれた。「ふたりでずっと生きていこうな」「そばにいるよ」「風邪、大丈夫?お見舞に行こうか?」拓也の愛がいっぱい詰まった手紙は、拓也の優しさそのものだった。

もう、恋なんてしない。・・・っていうか、出来るんだろうか?こんなにいっぱいの拓也の想い出を抱えたままで。私は、大好きな西野カナの「涙色」をかけてみた。私は、なんで、拓也に出会って、今でもこんなにも拓也でいっぱいなんだろう。


それからの、1週間、私は、有休を使って会社を休んだ。行く気にならなかった。そして、ひたすら、拓也との思い出に酔っていた。こんなことしていちゃいけない、とは思っていたけれど、私は、もう、空気の抜けた風船だ。部屋の中でふわりふわりと浮いている。でも、空気が抜けきったら、地に着くのよね。そんなことをぼんやりと考えていた。


恵美からは、何度も連絡があった。「気分はどう?」とか「飲みに行こうよ」とか、でも、返事をしないでいた。1週間目、ついに、恵美が家に乗り込んできた。「仕事は?」「行ってない・・・辞める」「それでいいの?」「いい」ふぅ・・・。ってため息をつく恵美。「美穂が自分でそう決めたなら、仕方ないけど、外に出なよ?美穂、ひどい顔してる。・・・それが、無理なら、ほら、これ。」「メアド?」「うん、彼、ガラケーらしいから」「あたし、まだ、彼氏作る自信ない」「ああ、彼氏じゃなくて、トモダチ。彼、奥手なほうだから、手は出してこないと思うよ」「そっかぁ」「誰かと繋がるっていいものよ。じゃあ、ね」

恵美が、くれたメアドを改めてみてみる。K-Siena○○@docomo.ne.jp
Siena・・・美穂にとってはズキンと来る、最後に拓也と会った、あのレストランの名前だ。


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