瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 手続きに関してはすべて王が目を通した上で許可を出してはいるが、ノイトラーレス公国にクラウスが足を運ぶのは初めてだ。

 自国より規模も領土も小さい国にわざわざ国王が赴くのが気に食わないのか。先方が出向くべきだと、王の補佐官としてクラウスの立場や威厳を気にしているなら多少は納得もできる。

 しかしバルドの苛立ちはなんとなく別の理由に感じられた。

 たしかにクラウスが外交のためとはいえ自ら動くのは珍しい。基本的に人を遣わせる立場であり、ルディガーも公私共に彼の(めい)で暗躍することが多い。

 今回の公国への訪問は、クラウスにとって王の債務として以外になにかあるのか。ノイトラーレス公国の君主は若い女性だとの情報はルディガーも把握している。名前はたしか――。

「ノイトラーレス公国の君主は片眼異色だと聞いております」

 バルドの唐突な発言にルディガーは目を見張った。対してクラウスは視線を寄越しもせず、ただ口角を上げる。

「らしいな」

 一部の人間の間では、片眼異色といえば王国成立の伝承に登場するフューリエンを真っ先に思い浮かべる。

 しかし実際に片眼異色の者が特別な力を持っているわけではなく、伝承はあくまでも伝承だ。

 わかってはいるのだが、新しく誕生した国の成立に片眼異色の女性が関わっているとなると、あまりにも伝承と符合していて、逆に気持ち悪ささえ覚える。

 偶然として片付けていいものか。

 ルディガーは改めてクラウスの顔を見遣り、気を引き締める。彼の考えは相変わらず読めないが、自分の役割は道中を含め国王の身を守ることだ。

 車輪がガタガタと揺れ、馬の蹄鉄(ていてつ)の音が小刻みに聞こえる。馬車は微妙な振動と共に前に進み、ひたすら前に進んでいった。
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