瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 ノイトラーレス公国に辿りつくと、すぐにノイトラール家の遣いの者が現れ一行を君主の住む城へと案内する。

 前国王のときにローハイト国との国境沿いの戦に駆り出されたルディガーとしては、ここは苦い思い出の場所だ。

 ところが当時の殺伐とした雰囲気は微塵もなく、今は緑豊かな景色が広がっている。よかったと安堵する反面、暗い記憶に胸が軋む。

 それらを振り払い、クラウスの傍で細心の注意を払う。他の団員も幾人か連れてきているが、多勢に無勢にならぬよう今回の同行者は王の側近を含め最低限だ。

 だからこそ、不測の事態に備えて気を張り巡らせておかねばならない。

 内外共に派手さはない城ではあるが、古い歴史を感じさせる。一貴族の所有物だったにしてはなかなか立派なものだ。

 なにより行き届いた清掃や仕える人間の気遣いなどからノイトラーレス公国の素朴で細やかな魅力が伝わってくる。

 会わずとも君主が慕われ、できた人間だというのは理解できた。

 足を進めるうちに一際大きな両開きの扉の前へ通される。ここが謁見の間だ。静かに扉が開くと、クラウスは前へと歩き出した。

 部屋の奥には、すでに膝を折って頭を下げている若い女性の姿があった。サイドをまとめあげているが、長く緩やかな金の髪が床につきそうなのも彼女は(いと)わない。髪の装飾品には紅玉が煌めき、ドレスの色も深紅だった。

「ノイトラーレス公国へようこそ。クラウス・エーデル・ゲオルク・アルント国王陛下」

 鈴を鳴らしたような声には聞き覚えがある。彼女がゆっくり顔を上げたとき、その瞳の色にアルント王国側の人間は驚きが隠せなかった。

 彼女の右目はヘーゼルブラウン、左目は鮮やかな黄金色。まさに伝承の中のフューリエンそのものの姿だ。言葉を失う面々に対し彼女は優しく微笑む。
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