瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 ノイトラ―レス公国が誕生する前に両親を亡くし、残されたゾフィが君主になるしかなかった。けれど大きな不安はなく、ここまできたのだ。

 ところがクラウスはこの場にいる誰もが予測していなかった行動をとった。胸を張って自分を待つゾフィの横を素通りし、彼女の傍で控えているひとりの侍女の前に立つ。

(おもて)を上げろ」

 凛とした声にその場にいた全員の注意が向いた。誰一人としてクラウスの意図が読めない。呼びかけられた女はうつむいたまま微動だにせず、固まっている。

 襟と袖が白地ではあるもののくすんだ紫色のドレスは地味で、彼女の髪が黒色なのも合わさり慎ましい雰囲気を纏っている。

 特段目立つ存在ではないにも関わらず王が話しかけるとは、彼女がなにか王の気に障ることでもしたのか。

 周りとしては怯えと不安しかない。重苦しい空気が漂う中、ゾフィがクラウスに問いかけようとした。

 そのとき、声をかけられた女がおもむろに顔を上げる。ゆるく束ねられている艶やかな涅色(くりいろ)の髪がはらりと落ち、その両眼で目の前の男をしっかりと捉える。

 彼女の瞳は闇夜に輝く月を表したかのような澄んだ琥珀色だった。

 クラウスは彼女の顔を改めて確認し満足げに微笑む。しかし女は表情を硬くしたままだ。

「なんのおつもりでしょうか?」

 感情がまったく乗っていない冷淡な声だが、クラウスはさして気にしない。

「聞いていたはずだ。この国と我が王国との友好の証に、こちらの望むものはなんでもいただけるらしい」

 やおらに女の頬に手を伸ばそうとしたが、すんでのところで彼女はかわす。
< 13 / 153 >

この作品をシェア

pagetop