瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
「残念です。偉大なるアルント王国の国王陛下の目が節穴だったとは」

「レーネ!」

 悲痛と非難が混じった声でゾフィが叫ぶ。顔面蒼白となるノイトラーレス公国の面々に対し、ルディガーをはじめとするアルント王国側の人間は眉をひそめた。

 ゾフィはすぐさまクラウスに近寄り頭を下げる。

「大変失礼いたしました、陛下。どうかこの者の無礼をお許しください」

 必死なゾフィに目もくれず、クラウスは眼前の女から視線をはずさない。

「かまわない。それにしても節穴とは心外だな。お前は彼女の実姉だろう」

 そこで初めて女の、レーネの瞳が揺れた。ゾフィも同じく動揺の色を浮かべている。伝染するかのように辺りがかすかにざわめきだした。

「ノイトラーレス公国君主ゾフィ・ノイトラール女王の実の姉、マグダレーネ・ノイトラール王女を望んでいるんだ。国益としては十分だ」

 念押しする口調で告げると、王は今度は容赦なくレーネの(おとがい)に手をかけて彼女に触れた。それを振り払いレーネは一歩下がると伏し目がちになる。

 事実、彼女はゾフィと二歳差になる実の姉だった。

「……わかりました。所詮は小さな公国。アルント王国の国王陛下には逆らえません。国のためにこの身を犠牲にしましょう」

 慇懃無礼(いんぎんぶれい)に語り、レーネはまっすぐにクラウスを見つめた。その瞳は言葉とは裏腹に強気だ。

「ただし条件があります」

「条件?」

 クラウスが尋ね返すと、レーネはゾフィのそばに控えていた無骨な男に視線を送る。
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