瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
「レオン」

 名を呼ばれた若い男はゆるりと顔を上げた。乾いた髪を乱雑にうしろでひとつに束ね、鋭い目つきは殺気に満ちている。

 いくつもの修羅場をかいくぐってきた証として頬にも大きな傷があった。元々の顔立ちがいいだけに迫力があり、騎士よりも兵士の方がしっくりとくる。

「彼と剣で勝負し、あなたが勝てたらなんなりと言うことを聞きましょう。私を煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」

 レーネの挑発めいた言い方に、先に反応したのはバルドだった。

「陛下、お下がりください! 国王に対し数々の侮辱行為に謗言(ぼうげん)。我が国への冒涜(ぼうとく)もいいところです」

 激昂したバルドをルディガーが咄嗟に制する。バルドの剥き出しの感情が、逆にルディガーを冷静にさせた。

 たしかにレーネの物言いは不敬極まりないが、いつも厳粛で物静かな補佐官がここまで嫌悪感を露わにするのも珍しい。

 思い返せば、この国にクラウス自らが赴くと決めたときからバルドはずっと不機嫌さを滲ませていた。それは一体なにに、誰に対してなのか。

 ちらりとレーネを窺うと不意に目が合う。黄金の瞳は冷たくもなにかを訴えかけるものがあった。

 場内が混乱に包まれていく。いくら国家として独立したとはいえノイトラーレス公国は元々半分はアルント王国の領地だった。

 アルント王国に比べれば権力も規模もなにもかもが弱小だ。レーネの態度は国の存続さえ(おびや)かす。

 クラウスはじっと鉄紺の瞳でレーネを見つめる。彼女は唇を引き結び、感情を読ませないよう仮面を身に着けじっと耐えた。先方の補佐官が自分を罵倒する声が届く。
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