瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 レーネの心配に反し、部屋の主は何事もなかったかのようにベッド横の書斎スペースで明かりを灯し、優雅に本を読んでいた。そして新たな来訪者に目を丸くする。

「レーネ? どうしたんだ、こんな時間に?」

「あなたこそどうしたの? 今、部屋から女性が出てきたけど……」

 レーネの指摘にゲオルクは途端に冷めた表情になる。続いて本を閉じると立ち上がってベッドの方へ歩き出した。

「ああ。勝手にやってきたから追い返したんだ」

 それだけでレーネは粗方の事情を察し、ため息をついた。同時にここに来るまで張りつめていた気持ちがほぐれる。

 ゲオルクはベッドの端に腰を下ろすと、再びレーネの方に顔を向けた。

「お前はどうなんだ?」

「私?」

 前触れもない問いかけに、レーネは目を丸くする。しかしゲオルクは気にしない。

「男と一緒にいただろう?」

 動揺が走ったが、すぐに掻き消す。部屋も薄暗くレーネの些細な変化には気づかれていないはずだ。レーネは瞬時に考えを巡らせる。

「たまたま声をかけられて、あんな場だしせっかくだから誘いをお受けしてみたの」

 おかしくはない回答だ。いつもとは違う雰囲気に羽目をはずしたくなる人間はごまんといる。

「話してみると、意外と楽しくお喋りできたから……」

 カインの存在を知られるわけにはいかない。ゲオルクはいまいち納得しきれていないのか、眉間に皺を寄せ不機嫌そうな面持ちだ。レーネとしてはこの話題を変えたい。

 そこで、ゆるやかにゲオルクの元へ歩み寄る。

「あなたは結局、気に入る女性はいなかったの?」

 返答はない。それが答えだ。残念だと思うのは身勝手だ。
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