一億円の契約妻は冷徹御曹司の愛を知る
偉いとか、偉くないとか、そんな感覚はまるでない。面会時間が終わる前に足を運び、病院の敷地や窓の外の景色しか見られない母に、一日の出来事をなるべく鮮やかに匂いたつような表現を使って報告する。私にとっては当たり前で、母が倒れた五年前から続けている大切な習慣だ。
仕事だって、母のお見舞いに行きやすいように派遣という就業形態を選んだのだから。
「あのさ愛ちゃん。今度食事でも――」
「あ、バスが来ちゃう。それじゃ、おつかれさまでした」
なにかを言いかけた沢渡さんに頭を下げ、私は通用門を抜けて通りに出た。停留所まで走ると、ちょうど向こうから近づいてくるバスが見える。
ICカードの軽快な音ともに乗り込み、買い物帰りの主婦や大きなカバンを抱えた学生に紛れて吊革につかまった。窓の外に目を向けると、白い柵に囲まれた広い敷地の中、どっしりと佇む灰色の物流倉庫が視界を流れていった。