一億円の契約妻は冷徹御曹司の愛を知る


***

 私は正直に言って、父親のことをあまり覚えていない。

 五歳頃までは母とよくアトリエに行っていたらしいけれど、埃っぽい倉庫に沢山の絵が並んでいる光景は思い出せても、肝心の父は写真で見た姿しか知らなかった。どんな背格好で、どんな顔立ちをしていたのか、記憶としては脳に刻まれていない。きっと、父はいつも椅子に座ってキャンバスのほうばかり見ていたからだ。

 唯一覚えているのは、あたたかな手の感触だけ。

『お父さんは頑固な人でね、頼んでも私の絵なんて描いてくれなかったの。それが、結婚記念日に思い立ったように描いてくれてね』

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