【BL】近くて遠い、遠くて近い。





「ごめんな、ヒイロ」




トイレの芳香剤がツンと香る個室内で、
ナオくんはじっとオレの顔を見て手を握っている。

窮屈な空間では、つい先程よりも
さらに聞こえてくる音が減った気がした。

ナオくんの顔を見つめ返しながら、
今にも迫ってきそうな大きい身体を
もう一つの手で支えていた。




「意地張って、ごめん」




個室内にだけ響くよう放たれた小さな低い声が
耳を突き刺して離れない。

そんな声から逃れるように俯いて、
首を振って答えた。





「オレも…ごめん…」





ふと、数時間前の光景が脳裏に過ぎる。

柔らかく心地悪い唇の感触。
シャンプーの甘すぎるきつい香り。



なぜ、オレはもっと
咄嗟に動けなかったんだろう。



あの時、ああしておけば。
こうしておけば。

今どう考えたって遅すぎる後悔が
散々に頭を巡る。




もっと、強ければ。




オレがもっと強い気持ちで立ち向かえば、
ナオくんを傷つけることなかった。

女の子相手にすっかり怯えて、
体を硬直させていた弱い自分が憎い。

こんな自分が、嫌だ。



最低だ。





「…ヒイロは何も悪いことしてへん」


「した…」


「してない」


「だってキスしたやんか…っ」


「あれは…中原さんが」


「オレはナオくんとしたかったんや!」





後悔がとうとう頬を伝い、
握り合う二人の手に落ちて行った。





「……オレ…最低やん…ほんまにごめん、ナオくん…」





ナオくんは黙ったまま、
オレの手を一層強く握りしめた。

どう言う感情なのかわからない。
怒りなのか、悲しみなのか。

どちらにせよ、
オレはナオくんを傷つけた。

その事実が、痛いほど悲しかった。











「なら…俺と、しよ」








彼の顔を見上げた時には、

鼻先がぶつかっていた。









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