……秘密があります
 目の前の冷蔵庫の上に半円のなにかがある。

 ネズミ色の大きな蜘蛛の脚だ。

 ひっ、と帯刀は息を呑んだ。

 幸い、羽未はまだ気づいていない。

 急いで作業を終わらせようとするが、湯飲みを戻す棚は冷蔵庫の側だった。

 帯刀は震える手で湯飲みを流しから持ち上げる。

 ピンチのときには、昔聞いた母の言葉など思い出すもので。

 帯刀の頭にも今、子どもの頃、大きなムカデに怯えたときに『さちこさん』がかけてくれた言葉が蘇っていた。

「大丈夫よ。
 人間に向かってくるわけじゃなし」

 さちこさんっ、このヒトは人間に向かって来ますけどっ!?

 だが、自分がやらねば羽未が襲われるに違いない、と思った帯刀は、

「う、羽未……。
 此処はもういいぞ。

 俺がやっとくから」
と誰が考えてもおかしいセリフを口走ってしまう。

 よその課の課長が給湯室の始末をしておくから行けとか妙な話だ。
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