君のキスが狂わせるから
 ずっと強気でマイペースだった美桜先輩が、急にしおらしい雰囲気になっていた。
 この短期間に彼女の中でも何か激震が走るようなことがあったのかもしれない。
 恋っていうのはそれくらい思うようにならず、タイミングなんて見てはくれない。

「私にはどう言っていいか分からないですけど。先輩が悲しむようなことにはなって欲しくないです」

 すると電話の向こうでクスッと笑い声が聞こえた。

『ほーんと、瑠璃ちゃんって優等生だよね。不倫なんてやめなって、そういう気持ちを殺して無難な言葉を言ってるのがわかるよ』
「……っ」

<<いい先輩演出するの好きですよね>>

 そんなことを深瀬くんからも言われたのを思い出す。
 自分の本音。社会に適応するために育ってしまった、無難な立ち回りの術。
 それらが結局自分の幸せを遠ざけていることに、なんとなく今の先輩の言葉で気づいてしまった。

『ごめん、言いすぎたね。まあ…自分のことだし、問題が起きても自分でどうにかする。だからこれからはあまり連絡しないようにする。瑠璃ちゃんを苦しめることになりそうだから』

 そこまで言うと、美桜先輩はもう一度ごめんねと言って通話を切った。

(今、先輩の言ったことが本当なら、私、年齢とか関係なく深瀬くんと付き合うとか絶対無理じゃない?)

 しんとなった部屋でスマホを握りしめ、途方に暮れる。

 胸の中を渦巻く正体不明の苦しさは、深瀬くんへの想いのせいなのか、彼の正体が財閥の息子だったせいなのか、それともまだ朝のキスを引きずっているのか。

「……ぐちゃぐちゃだ」

 訳が分からなくなり、私は胸を押さえたままベッドへと倒れ込んでしまった。
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