君のキスが狂わせるから
 それからの数日はお互いに気まずい空気を保ったまま、以前のように会社での会釈だけするような関係に戻ってしまっていた。

 週末にデートしようという話しも流れた。

 気まずさから連絡せずにいたら、深瀬くんからも何も言ってこなかったのだ。

 車内には3月末に早めの花見をするということで日程を調整する人たちの会話が聞こえていたが、なぜか私にはその知らせのメールが来ていなかった。
 だが、花見計画を進めているのが三上さんだと知った時に、なんとなく「ああ、そういうこと」と理解した。

(気に入らない人を仲間外れ……なんて稚拙なんだろう)

 悲しくないわけじゃない。
 傷つかないわけじゃない。
 でも、人っていうのは生きた年数で成長するわけじゃないというのを知っているから、あまり腹は立たない。

「あら、愛原さん入ってないじゃない。ねえ、愛原さんも参加でしょう?」

 そう言ってくれた課長は私が返事をする前にリストの中に私を入れてしまった。
 三上さんはやや焦った顔をしながら、意味不明な言い訳をしている。
 おそらく課長は彼女が私に遠回しに嫌がらせをしているのを察していて、花見も強引に参加にしてくれたんだろう。

(いいな。課長みたいな女性になれたら、年齢を重ねた意味もあるような気がする)

「ありがとうございます、課長」

 憧れの気持ちを抱きつつ、私は課長に軽くお礼を言って仕事に戻った。

***

 この日は体調の悪さを多少感じていたけれども、レッスンを休む決断もできなくて、私はいつも通りヨガスタジオへと足を運んでいた。

 ミホ先生の丁寧な指示は耳に入れているつもりだが、どうも心が落ち着かなくて自己流で難易度を上げたポーズを取ったりした。

『人は迷うもの。たゆたうのも人間の心の正常な状態です』

 慰めるように響く先生の声を遠くに聞きながら、無心で汗を流す。
 いつもならこれだけ血流を良くすれば調子が戻ってくるのに、この日は徐々に意識が朦朧となってきた。
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