君のキスが狂わせるから
(無理しちゃダメな日だったのかも)

 自分の体に対してそう理解した私は、レッスン終了直前にそっとスタジオを出た。
 シャワーを浴びる気力も出ず、よろよろの状態で更衣室に入ってロッカーの鍵を回した途端……視界が真っ暗に…――

 次に意識を取り戻した時、私は講師の控え室で寝かされていた。
 目の前には心配そうに顔を見下ろすミホ先生の姿がある。

(あ……)

「愛原さん、大丈夫?」
「先生……私、倒れたんですか」
「そうよ。驚いたわ、ほとんど水分補給しないでいたなんて。一応、眠る前のあなたにコップ2杯くらいは飲ませたからだいぶいいと思うわ」

 言いながら、先生はほとんどの水が残った私のボトルを見せた。

(そうか。脱水症状で倒れたんだ)
「すみませんでした……」
「何か焦ってるようね。でも、そんな性急に心は変われないわよ」
「ええ。分かってはいるんですけど……心を乱すものを早く処理してしまいたくて……」
「……あなた、インストラクターになるのはまだ早いかもしれないわ」

 椅子に腰掛け、ミホ先生は困った表情をした。

(そうだな。私……まだまだ人にヨガを教えられるレベルじゃないな。恥ずかしい)

 そんなことを思っていると、先生は突然意外なことを口にした。

「そういえば愛原さん。私、あなたに謝らなくちゃいけないことがあるの」
「なんですか?」
「あなたが眠っている間に、携帯に何度も何度も同じ人から電話がかかってきたから……あなたを心配しているのだと思って出てしまったの」
「え……っ」
「ごめんなさい。知っている人の名前だったから、余計出た方がいい気がして。あなた、海斗……深瀬海斗くんと同じ会社の人だったのね」
「……っ、深瀬くんを知ってるんですか?」

 驚く私の質問には答えず、ミホ先生はもうすぐ彼が迎えにくるからそれまで休んでいるといいわと言って部屋を出て行った。

 頭の中がまたぐるぐると目眩のように回り始める。

(ミホ先生と深瀬くん……どこに共通点が?)

 そこまで考えてハッとなる。
 深瀬くんが以前、別れた恋人もヨガをやっていたと言っていたのを思い出したのだ。

(嘘でしょ。ミホ先生が深瀬くんの元恋人?)

 想像の段階ではあるが、ミホ先生の様子を見る限り、その可能性は濃厚のような気がした。

(あの人と私じゃ、どこも重なる部分ないじゃない。一体深瀬くん、どういうつもりであんな……キスなんて……)

 ため息をつきたくなっていたその時、部屋のドアが開いて深瀬くんがスーツ姿のまま入ってきた。
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