君のキスが狂わせるから
「何の話?」
「残業押し付けられてましたよね」
「聞いてたの」
「聞こえてくるんですよ。あの人声高いんで、パーテションで仕切ってても丸聞こえですから」
「ああ……なるほど」

(でもそれ、深瀬くんには関係ない話だよね)

 私は出来上がったコーヒーを手に取り、なるべく表情を崩さないように彼を見上げた。

 相も変わらず整った顔立ちにサラサラの赤みがかった茶髪。スーツの上からも分かる引き締まった体。
 深瀬海斗( ふかせかいと)、彼は超無愛想なのに社内の独身女性が皆目をつけている社内の王子様的存在だ。
 私にだって目の保養的な、とても貴重な存在なのだが、今は女の顔はできない。

「いいの。引き受けたのは私なんだから。きっと私には言いづらい事情があったんでしょ」
「愛原さんっていい先輩演出、好きですよね」

(綺麗な顔して、きついこと言うよねえ…)

「演出してるつもりはないよ」
「ならたまには自分も彼女に仕事を任せたらいいんじゃないですか?あなたが甘い態度だと、後ろに続く人も同じようにしないとってプレッシャーになりますよ」

(うぬぬ……)

 さすがにこんな言われ方をするとカチンときてしまう。
 とはいえ、彼のいう言葉にも一理あった。

(確かに私……独身だからっていう理由で、残業を引き受けすぎてるかもしれない)

「深瀬くんから見たら私、相当頼りない先輩なんだろうね」
「あ、いや」

 深瀬くんはしまったという顔をして軽く髪を掻き上げた。その仕草がやたら様になっていて、軽く嫉妬してしまう。
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