君のキスが狂わせるから
 片付けてもいない部屋に彼を通すのは気が引けたけれど、今回は緊急事態だから目を瞑ってもらうしかない。

「可愛い部屋ですね」

 私をソファに座らせた深瀬くんは嬉しそうに辺りを見回す。
 恥ずかしいけれど、可愛いと見えたなら素直に喜んでおこう。

「あ、せっかく来てくれたのに何も出さなくてごめんね。何か飲む?」
「いえ。言ってくれれば俺がやりますよ。お茶とかコーヒーとか……食器とか触っていいなら淹れますよ」
「どうして深瀬くんが……ふふっ」

 過保護な弟ができたようで、なんだか笑ってしまいそうになる。
 私が笑うのを見て彼は以前と同じように拗ねたような顔をした。

「なんで笑うんです」
「だって…会社でキリッとしてるあなたと違って、こうしてると可愛いから」
「……まだ、男として相手にしてもらえてないんですか」

 私の隣に腰を下ろし、じっと瞳の奥を覗き込むようにするから思わず後ずさる。
 また先日みたいにキスされてしまうのかと、自意識過剰になっているのかもしれない。

「本気で忘れてるみたいなんで、言いますけど。俺、入社早々、あなたに失恋してるんですよ?」

「……嘘でしょ」

 まるっきり記憶がなくて、深瀬くんが作り話でもしているのかと思ってしまう。
 でも、彼の視線は本気で。
 とても嘘を言っているようには見えなかった。

「俺、あなたに会いたい理由もあって、今の会社に入ったんです。でも、正直にそれを伝えたら……笑われてしまって。全く相手にしてもらえなかった」

「っ、私が?」

(そんな失礼なことするかな)

「あ、でも……もしかして、あの時の?」

 深瀬くんの代が入社した時、中でも群を抜いて垢抜けた青年が入ってきたというので社内がざわめいていた。

 私も興味半分でその注目の人物を見に行ったら、急にその彼に告白されたのだ。

(あの時は当然、冗談だと思ったから。年上をからかうなんてひどい人だなと思って。それで、思わず笑うしか……なかった気がする)

「思い出しました?」

「うん。え、でも、あのシチュエーションじゃ、冗談だと思うよ。初対面で、突然告白とか……」

「それは……俺も悪かったです。感情だけ先走ってしまって……実際ガキでした」

 すんっと大人しくなると、深瀬くんはしんみりした口調で私と初めて出会った時のことを語り出した。

「愛原さんのことは、入社前から知ってたんです」

「どこで会ったのかな」 

(深瀬くんくらいの目立つ容姿なら、一回見たら忘れなさそうなのに)

「俺の祖父が亡くなった時、愛原さん、葬儀に参列してくれてたんですよ」
「おじいさん……もしかして、オークラの前会長?」

 口にしてからハッと口をつぐむが、もう遅かった。
 深瀬くんは驚いたように私を見つめる。

「愛原さん、俺の事なんでも知ってるんですね。元カノのことも、俺がオークラの親族だってことも」
「ぐ、偶然だよ。オークラの事は、美桜先輩がね……教えてくれたの」
「ああ、あの人か」

 クスッと呆れたような笑いを洩らした後、深瀬くんは話が早いとばかりに続きを語った。
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