私立秀麗華美学園
「差し入れです。コーヒーってありきたりで悪いけど」


タンブラーごと渡す。何本か買っていたのだがこれだけ立派なプレハブなら、置いておいて他の人にも飲んでもらえそうでよかった。


「しかし、こんなとこにガチで来てくれるとはな。驚いたよ」

「今日来ることになったのは突然なんですけど。2人の働いてるとこ、見てみたかったんで」


だって、初めて会った時は暴走族だった。年齢的にこれがニートというやつかなんて勝手に思ってたら、次に会った時はとび職の服で、あれはかなり度肝を抜かれた。


「同い年で働いてるってやつも珍しいから」

「いや俺らにとっちゃあんたらのが相当珍しいっすよ……」

「コーヒーっつったら缶コーヒーだよなあ。普通は」


タンブラーを豪快に傾ける熊之崎さんの様子を伺いながら、ゆうかが口を開いた。


「……あの、失礼ですけれど、普通に戻ったんですね、口調」

「ああ、そっか」


学園祭の時点で既に普通だったので俺は忘れていたが、そういえばこの人は、おかしな口調がトレードマークみたいになっていた。


「最初は関西弁で、その後が武士口調だったっけ」

「俺も一安心っすよ。関西弁の時は毎日腹筋との戦いだったし」

「好きなタレントさんがいらっしゃって、真似されてるんでしたよね。如月眞子さん、だったかしら」

「そういやそのタレンさん、今は何やってんですか? 関東人の役?」

「眞子はなあ……」


突然どこかから取り出してきたタバコに火をつけ、悲哀に満ちた目つきになる。俺たちに背を向けた隙に弓浜が「あれ吸わないんすよ、演出だけ」と耳打ちしてくる。


「俺の手の届かないところに行っちまったんだよ……」


あまりに憂いを帯びた背中によもや、と悪い想像をしてしまったが、熊之崎さんが「顔洗ってくる」と水道場に行ったので弓浜が説明してくれた。
彼が愛して病まなかった清純派アイドルの如月眞子は、どこぞのミュージシャンとできちゃった結婚をして、芸能界を引退したらしい。以来、彼の口調が誰かの影響を受けることはなくなったという。

なんというか、時の流れはむごいものだ。
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