私立秀麗華美学園
「違うのかな……」


街の方へ戻るバスで、座ったゆうかがぼんやりと呟いた。
俺はその横につり革を持って立っていたので、身をかがめて会話することになる。


「ん?」

「住む世界。弓浜くんが言ってた」

「ああ」


あんまり気にしていなかったので、慌てて思い出す。


「実際、毎日の生活は全然違うんだろうなあ」

「和人も想像したことある? こういう家に、生まれてなかったらって」


世界の違い、の基準を明確に決めるとしたら、秀麗華美学園に通うことになっていたか否かはそのひとつにできることだろう。


「……あるかな。ゆうかもあるんだ」

「ええ。中等部の時とか、去年なんかは、結構しょっちゅう……」


ああ、そうか。はっきりとは言わないけどわかってしまう。去年は笠井のことがあったから。
自由な身ということについてきっと、考えていたんだろう。


「今の自分とは全然違った人間だったんじゃないかな、とか、思っちゃうよね」

「……俺は、いっつもそこまで考え及ばないんだ」


雄吾とも話してみたことがあった。俺の想像力は、ある一点にたどり着いた瞬間広がりを止める。


「もしこの家に生まれてなかったら、学園に通ってなかったら、ゆうかと出会えてなかった」

「…………そうかもね」


ゆうかのことを好きじゃない自分なんて想像できない。アイデンティティの全てがそこに集約されてる気がする。さすがにそんなことはないはずだけど、今の俺はそういう風に思うことしかできなかった。


「恥ずかしいことを言うようだけど」


窓に映る自分の顔を眺めながらゆうかは言った。


「今はわたしもそうだわ。和人に好かれていない自分を、想像することができない」


ーーふと蘇ったのが、薔薇園の光景だった。

学園祭の後。青空が夕暮れに変わる時間。あの日ゆうかは言ってくれた。愛されている自信を持てるようになった、と。
あの日の続きが、今の言葉だったように思えた。あの時は思わず泣いてしまったけれど、今は笑ってる。そんなところも進んできた証だ。


「市営バスの中で聞くのはもったいないな」

「たぶん同じこと思い出してたでしょ」


目を合わせ、ふ、と笑う。あの日のことを一緒に思い出すのは、やっぱりちょっと恥ずかしい。ゆうかは冗談めかして続けた。


「フロランタン食べたいって言ったら作ってくれて、わたしの好きなものならなんでも把握してる、そんな騎士そういないもの」

「騎士っていうか臣下だけどな」

「そうかなー」


バスが街に着いた時、時刻は4時半ぐらいだった。

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