私立秀麗華美学園
宿泊用に用意された1人部屋は最上階だった。

一面を覆う窓からの景色は壮観という他ない夜景だ。学園から離れた、人の賑わうこの街を一望できる。地上からは遠すぎて、街がミニチュアみたいだった。バケツで水をざぶりと流したらたちまち崩壊するんじゃないかと思えた。
空は暗く、存在感を奪われた月が染みのようにぽつりと浮かんでいた。思い出されたのはクリスマスパーティーの日の冷え切った夜空で、ぬるい温度に守られた部屋の空気が淀んで感じられた。


――大変な一日だった。
こんなのはもう今日で終わり、そうだったらどんなによかったか。今日の気疲れがことの始まりにすぎないことを思うと目眩を覚えそうになる。が、目眩なんかに悩まされている場合ではない。

間接照明を一番暗くして寝巻きに着替える。シャワーを浴びる元気はなかった。早起きして身支度を整えなければ。明日も早くから呼び出されている。

とにかく、今日の話は全て整理して把握しておかなければならない。それがどんなに厳しいことでも。やらなければならない。
まずは現状……と思った途端、兄ちゃんの、「切り捨てるべきだ」という言葉が蘇った。


「無理…………」


本当に目眩に近い感覚を覚え立っていられなくなる。切り捨てるべき。花嶺との協力関係はここまで。なぜなら、
ゆうかと俺は政略結婚のための婚約者なんかではなかった、から。

俺の誤解から始まっていたのだ。信じれば叶うというかなんというか。不都合がなかったというのは適切な言い方なのだろう。そうしてもよかったからそうした。たまたま問題なく長続きした。ただそれだけ。
そしてこういう事態が起きた今、俺たちの関係を解消するのに、ためらう理由はないということ。

最後の砦が崩れたと言ってよかった。俺たちを結び付けるもの。姫と騎士という関係。
その大頼みにしていた前提がなくなった今、他の出来事の因果関係を考えることに、どんな意味があるというのだろう。

拗ねて、不貞腐れて、このまま全てを放り投げてしまうことは簡単だ。それができれば簡単だ。
だけど、できない。
どうしてもそれだけはできない。
ゆうかを諦めることだけは、どうしたってできるはずがない。


「…………よし」


立ち上がって、照明を一番明るくなるようにする。窓を開けて冷たい夜風を呼び込んだ。そのままバスルームに向かう。

やっぱり、身の回りからきちんとしてしっかり考えよう。立ち向かうなら。投げやりにはもうならない。
どれだけ気を張っても今は足りない。気力を使い果たしてもいい。人生最大の執念場なんだから。

高層階の3月の夜風は、思ったよりも容赦なく冷たかった。
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