私立秀麗華美学園
頼んでもいないはずのモーニングコールで目を覚ました。兄ちゃんの指示なのだろう。朝食を摂る余裕はない。着替えて紅茶を飲んだ。
空調の温度は適温すぎたので、やっぱり窓を開ける。眼下では何事もない春の一日が始まろうとしていた。


絶望的な空気を感じながらも何とかこうして平常心を保てているのは、やっぱり電話が大きかったと思う。数分ではあったがゆうかと言葉を交わすことができた。「言いたいことがある」と言ったゆうかと、二度と会えないなんてことがあってたまるか。

みのるにお礼を言わなければ。簡単に会わせてもらえる保証もないが、みのるのことを兄ちゃんに聞くのも忘れていた。あまりにも気が動転していたから。
そしてゆうかのことの他にもうひとつ。笠井のこと……進のこともまだ何も聞けていない。
現時点で進個人がどういう立場にいるのか。俺が、把握しなければならないことだ。


花嶺に関しては、俺の望むことは決まっている。まだ何ができるかはわからないから、話し合いに真面目に応じて真剣に家側の意向を聞くだけだ。
笠井側の動向にもよる。今日あたりにはきっと何か動きがあるだろう。

思えば昨日の兄ちゃんの「別に相手が花嶺幸である必要もなかった」というのは、ゆうかと俺の本当の関係をふまえてのことだった。このことをどれだけの人がいつから把握していたのかも知りたい。ゆうかが知っていたのか、も、知らなきゃいけないんだと思う。


フロントでルームキーを預け、昨日と同じ部屋に案内してもらった。
今日は、親父の姿はなかった。兄ちゃんも昼前にはここを出て向かわなければならない事案があるらしく、こんな時間からの呼び出しになったのだ。
兄ちゃんはスーツを姿でコーヒーを飲んでいた。俺を見てカップを置き、迷いなく口を開く。


「昨日は眠れたか」

「無理やり寝た」


俺にも飲み物が出される。運んで来た女性は部屋にとどまり、他にも数人、兄ちゃんの部下なのであろうスーツ姿の男性が部屋の中には立っていた。

昨日は「切り捨てるべき」の話で俺が混乱しすぎて打ち切りになってしまっため、今日はその続きということで聞いていた。


「昨日は急な話も多くて戸惑ったかもしれないが、これまでの話は理解したという前提で進めていいな?」

「ああ、いいよ」

「……とはいえ、まあお前も気づいているとは思うが、本来ならこれ以上お前と話すことなどないはずなんだ」


固い雰囲気にどこか矛盾したような表情で言い、脚を組んだ。
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