私立秀麗華美学園
封筒は洋形で、ダイアモンド貼りと呼ばれる、開けると五角形の形になるものだった。そこに蝋で封がしてある。ビジネス文書らしくはない外見だ。

秘書に渡されたはさみで、兄ちゃんは封筒の端を切った。二つ折りになった白い便せんが一枚出てくる。

全員が注目する中で、兄ちゃんが目を通す。中身を想像する余裕なんてなかった。ゆうかから俺への手紙。この状況下で便せん一枚に託された何か。兄ちゃんの表情を伺うことさえできない。


しばらくして、カサリと音がしたので顔を上げた。兄ちゃんが便せんを裏返して、そちら側には何も書かれていないことを確かめていた。もう一度、軽く目を通したところでため息をつき、便せんを折りたたんだ。


「これをお前に渡すことに、一切のためらいを感じないわけじゃない」


一歩、二歩、と近づいてきた兄ちゃんは、人差し指と中指の間に便せんを挟んで、俺に差し出す。


「ただそれは、月城の代表としてではなく、お前の兄としてのためらいだ」


震える手でそれ受け取った。雄吾と咲が俺の傍まで駆け寄ってくる。進も含め、全員に見えるようにして俺は白い紙を開いた。

印字されたDearの後には、「和人」とだけ書いてあった。元気にしてますか、という書き出しで始まったそれは、別れの手紙だった。

こんなことになるなんて思ってもみませんでした。だけど私も此方側からの提案を受け入れて頂ければと思います。それが月城の皆さんのためであるからです。ほんとに残念だけどさようなら。今までありがとう。

大体そんなことが、終始丁寧口調でつづられていた。


「…………嘘だろ。いや、嘘っつーか、こんなもん、言わされてるに……」


進が、言いかけて、言葉が途切れた。

言わされてるに、決まってる。そう考えることはできる、けど…………

――月城の皆さんのため

――受け入れて頂ければと思います。

それは完全に、淳三郎さんからのメールの内容と一致していて、かつ、動機を補ったものだった。

最後の一文に何度も目がいく。今までありがとう。今まで。今まで、ありがとう…………。
脅されている可能性がある以上大した意味はないはずだが、綺麗な筆跡が明らかにゆうかのものであること、そのことが確信できてしまうこと、それに貢献できてしまう些細な記憶全てを消したくなる。


「……こんなん、ゆうかじゃない! ゆうかはこんなかしこまった言葉ばっかりで、和人に手紙なんて書かへん! さようなら、なんて、こんなっ……」

「咲」


手紙の端をつかんでわななく咲の手を、雄吾がそっとつかむ。そこに目がいった時。


「FROM、の後……名前が、ないな」


同じところを見ていたらしく、進が言った。差出人のところに名前がない。封筒にはわざわざ花嶺ゆうかと書いてあったのだ。便せんにも宛先としては俺の名前があった。

どうでもいいことだった。どうでもいいことだけど、気にせずにはいられなかった。

花嶺ゆうか、と名前が書かれているべきはずの空欄を、右手の親指で撫でる。小さな感触があった。顔を近づける。透明な柔らかいかけら。

…………のり?


いち早く顔を上げて兄ちゃんの方を向いたのは雄吾だった。全員が同じ物に視線をそそぐ。


「兄ちゃん、封筒を!」
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