私立秀麗華美学園
タイミングを迷っても仕方ない。俺は一気にワゴンのところまで駆け抜けた。近づくと、しゃがみ込んでいれば身を隠すことができるぐらいの大きさはある。

しゃがんで息を整えていると、頭上を人の声が通って行った。左手から走って来た人が、障子戸の前を通り、縁側へ出て行ったらしい。
ワゴンを少しだけ動かしてのぞいてみると、長い廊下の向こうに愛さんが見えた。スーツの人間と話している。これではどれが抜け道のある戸なのか指示を受けることができない。試しに手を伸ばして一番手前の戸の腰板を指で押してみたが、外れそうにはない。

縁側からは岩で囲まれた小さな池と、ししおどし、人の手が入った植え込みが見えた。それより奥はありのままの森だ。遠くでがさがさと、風の立てるものとは異質な音がする。進が立てたものか、見張りが歩き回る音か。


「あちらです! かなり素早く移動したように見えましたわ」


俺が近くまで来たことに気づいたのか、愛さんが声を張り上げた。


「わかりました、では念のため危険ですから愛さんは奥に……」

「私だってこちらにいらっしゃった方々の安全をお守りする義務があります!」

「ですが……」

「いいから、ここは私に任せて早く指揮をお執りに!」


スーツの人間は背中を押され、庭へ出て行った。小型無線のようなものを持っている。仲間たちの方へ意識が向くのを見てとると、愛さんはこちらに向かって走って来た。

が、途中で別の人間が縁側から上がってきてしまった。どうやら無線の調子が悪いらしい。


「こんな山奥ですからと、始めに申し上げましたのに」

「面目ない……しかし本館に急ぎで連絡を入れなければなりませんので、固定電話をお借りしたく」


近くではないのだろう、愛さんは彼を電話のところへ案内せざるを得なくなってしまった。人さえいなければ一枚一枚開くかどうかを試せばいいが、一面が障子戸だ。時間がかかり危険を伴う。
しかし断るわけにもいかず、愛さんはうなずいた。幸いにも俺から遠ざかる方を示して「あちらへ」と声をかける。

スーツの人間を先に歩かせ、愛さんはその背中を確かめ、ちらりと俺の方に視線をやった。突然、スリッパで一枚の障子戸の端を、トンと蹴る。――あの戸だ。


スーツの人間が振り返ったようだが、愛さんは先を急がせた。庭に出て仲間に指示を出しているリーダー格らしき人物はここから見えているが、背中を向けた状態だ。今しかない。

ワゴンを移動させて身を隠しつつ、最後は飛び出して、愛さんが示した戸の腰板の右半分をこぶしで叩いた。板は挟まった状態で回転してくれたので、音を立てないように外して室内に置く。高さがかなりきつそうだったが、頭が入ればなんとかなりそうだ。

今のところ誰にも見られていないようだったので、ワゴンを目の前まで動かし、足から室内に侵入して行った。焦る気持ちでどうにかなりそうだったが、あごを引いて全身をねじ込むことに、なんとか成功した。
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