私立秀麗華美学園
「…………全て、把握しているつもりで……いや、しています。そちらのお嬢様が誘拐されたということ。うちの父親宛てに届いた淳三郎様からの電子メールが、笠井家を発信源とするものであったこと。
お嬢様が入院されていた病院を洗い、以前から囁かれていた笠井家の黒い噂と照らし合わせれば、推測するのは難しいことではありませんでした」


完全にはったりだった。ゆうかが病院内で向こうの一派と鉢合わせてからは時間が経ちすぎて、病院からの手がかりは一切無い。非人道的なプロジェクトの大元については笠井家に目星をつけていたという事実もない。
ただ夏にうちに来た時の親父との会話を思い出せば、プロジェクトの存在自体は以前から淳三郎さんも知っていたことは明らかだ。

客観的に得られたはずの情報だけで、なんとか論を組み立てるように努める。


「それから、笠井家の次男坊、笠井進が我々の味方につくこととなり、有力な情報が得られました」

「まあ、あの彼が……」


驚いた様子のりえさん。淳三郎さんは、ふんと腕組みをして口髭を動かす。


「その様子では私からの連絡内容もご存知なのだろう。こちらとしてはなかなか苦渋の決断をしたつもりだったがね、まだ何かご不満がおありか?」

「おおありです」


声を張り上げて即答すると、眉がぴくりと動かされる。文机の方を向いていた身体が、こちらを向いてどっしりと座り直した。真正面から睨み据えられる。目を見て話すことを意識していると、恐ろしいほど黒々とした瞳にひるみそうになる。若者の、畏れと気張りを吸い尽くしたような、禍々しい黒。


「花嶺様との協力関係が無くなることは、大きな痛手になります」

「月城の人間が何をおっしゃるか。たかだか救命ボート一隻を失くそうとも、豪華客船が航路を変える必要はない」

「他の同等な関係にある関係者の信頼を失うことも考えられます」

「さてね。月城権力圏内での有力な席が空いたとも捉えられる」

「10年という月日と簡単に取って代われるものなどありません」

「それを言うなら今後10年に付きまとう危険性を考えて舵を取ったらどうかね?」


着物の袖から出た太い腕。ごつごつと浮かび上がった血管。当たり前だ。建前をいくら積み重ねたところで、説き伏せられる相手なわけがない。


「……ゆうかの代わりは誰もいません」


そこで初めて、淳三郎さんは表情らしきものを見せた。
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