悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
 巨大な体躯に強靭な皮膚。翼を広げた姿は圧倒的な支配者であり、立ち向かうという気力を人々から奪い去る。それが竜という生物だ。かつて国を亡ぼしたとされる魔女が使役していた恐るべき兵器でもある。
 しかし現代では伝説上の生き物とされ、あり得ない光景を前にみな狼狽えていた。
 カルミアとて信じられないことの連続だ。それでもいくらか落ち着いていられるのは、あれの正体を知っているからだろう。

(黒い竜はかつてアレクシーネ様が封じた邪悪な力が形を得たもの。本来は実態のない黒いモヤだけど、増幅した力は形を得た。かつての主が使役していた生物の姿を真似てね)

 そうゲームでは語られていた。

(でもどうして、あれは学園の地下に封印されているはずよ)

 これは本来ドローナが引き起こすはずの事件だった。
 ゲームのオープニングではリシャールが衰えていた封印の扉を開き、力のある魔女を探すために一匹の竜を解き放つ。
 竜を退けたことで主人公は魔法の才能を見出され、学園に入学することになるのだ。

(つまり誰かが扉を開けたのね。まさかリシャールさん、地下にいるの?)

 けれど竜にとってはカルミアたち人間たちの困惑など関係のないことである。意識を取り戻した竜が強引に壁から身を引こうとすれば建物全体が悲鳴を上げた。
 まじかで見るほどその存在は圧倒的な兵器だ。牙を剥き、鋭い咆哮がカルミアたちを威嚇する。
 感情を見せない無機質な瞳はカルミアを標的に襲いかかろうとしていた。

「お嬢!」

 リデロはカルミアを庇うため前に出る。しかしカルミアは背後で守られているだけの令嬢ではなかった。
 ポケットにしまったばかりの香水瓶を掴むと、リデロの身体を利用して死角から投げつける。
 こぼれた香水を浴びた竜は悶え苦しみ、黒いモヤのように身体が崩れていく。

「お嬢すげえ! てかうちの商品がすげえ! これ魔よけの効果でもあるんですか!?」

「いたって普通の香水よ。あれがバラを苦手としているだけね」

「そうなんですか?」

「え!? そ、それは……ほらよく見て! バラの生け垣を避けているじゃない!」

「そうですか?」

 意識して見よれば、背後にあるバラの生け垣をさけているように見えなくもないだろう。
< 150 / 204 >

この作品をシェア

pagetop