猫になんてなれないけれど
「ああ・・・いえ、なにも。オレは、好きな人ができたので。今は、その人を必死に口説いているところです。・・・毎回、うまくかわされていますけど」

「え・・・」

好きな人。

そのフレーズに、胸にズキッと痛みが走った。

私は多分、どこかで両思いだって期待をしていた。けれど、その想いは一気に崩れ落ちていく。

「そ、そうなんですか・・・」

「・・・・・・『そうなんですか』って・・・。また、あっさりとかわしていきますね・・・」

冨士原さんが、視線を落としてため息をつく。

私は、その、彼の様子にハッとする。


(・・・ん?ちょっと、待って・・・)


頭の中で、状況整理をし始める。

冨士原さんには、今、好きな人がいて。必死に口説いているところだけれど、毎回うまくかわされていて・・・。


(それで『またあっさりかわされた』って、私の言葉に反応したということは・・・)


「く、口説いてるって、『今』って、今ですか」

「・・・今ですよ。今、ここで、真木野さんを必死に口説いているところです」

「!」

驚いて、彼の瞳を見つめると、視線と視線がぶつかった。

眼鏡越しの目は真剣で、冗談を言っているようには思えない。

「ふ、冨士原さん、わかりにくいです」

戸惑いのあまり、私は、責めるように言ってしまった。

冨士原さんは、眉根を寄せて私を見つめる。

「・・・わかりにくい。どの辺がわかりにくいでしょうか」

「どの辺って・・・。何度か、それっぽいこと言われた記憶はありますけど・・・。さっきも、『猫みたい』とか、間接的な表現で・・・。『好き』って言われた訳でもないし、どこまで本気か・・・必死に口説かれてるって自覚は全くなかったです」

「・・・・・・ああ・・・。なるほど」

納得をした表情で、冨士原さんは腕組みをした。

そして、「じゃあ」と言って、私の瞳を真っ直ぐ捉えた。

私は、ドキッと息を飲む。

「オレは、真木野さんが好きなんです。だから、よかったら・・・結婚を前提に、付き合っていただけませんか」



時間というのは本当に、止まることってあるらしい。

言われた言葉に、私の呼吸も心臓も、思考の全ても止まってしまった。

だけどまた、それらが動き始めると、私はすぐに「はい」と頷いたのだった。







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