猫になんてなれないけれど
車が、私の自宅マンション前に着いたのは、23時半ばを過ぎた頃だった。

いつも渋滞する道が今日も変わらず混んでいて、予定よりも、少し遅い到着だ。

冨士原さんは、ブレーキをかけて車を停めると、「お疲れ様でした」と、ハザードランプを点滅させた。

途端に、切ない気持ちに襲われる。

もう少し、道が渋滞していてもよかったのになって思う。

「・・・どうもありがとうございました。送っていただいて・・・時間も、遅くなってしまって」

名残惜しくて、私は、シートベルトをゆっくり外す。

もう少しだけ、冨士原さんと一緒にいたい。

「いえ、こちらこそ。ご馳走様でした。美味しかったし・・・萌花さんにも、お礼を伝えておいてください」

「はい・・・。あ、青龍さんにも」

「ああ・・・そうですね。了解です」

言いながら、冨士原さんは、自分のシートベルトに手をかけた。

カチャリ、という金属音に反応し、運転席に目をやると、彼と視線がぶつかった。

街灯だけに照らされた道。

薄暗い車内でも、彼の目が、熱を帯びているのはすぐにわかった。

私の右腕が捕らわれて、そのまま、2人の距離が一気に近づく。

遮られるように視界が暗くなっていき、目を閉じると、冨士原さんは私にそっとキスをした。

一瞬の、甘い感覚。

夢心地だけど、それは、胸の奥にまで広がっていく。

「・・・実感湧いた?彼女だって」

耳元で問いかけられて、私は小さく頷いた。

瞼を開けても、まだ、キスの余韻は残ってる。

「・・・そっか。実感ないって言われたら、このまま、降ろさずに連れて帰ろうかと思ったんだけど」

甘く笑いかけられて、胸が大きく震えてしまった。

それでもいい、って思ったけれど、理性なのか、よくわからない私が自分を止めた。

「・・・じゃあ・・・また。今日は、どうもありがとうございました」

「・・・うん」

もう一度軽くキスすると、冨士原さんは、掴んでいた私の右腕をそっと放した。

緊張していたであろう私は、解放された右腕の力が抜けて、カバンを足元に落としてしまった。

「あっ・・・、ごめんなさい」

「いえ。どうぞ」

冨士原さんに拾ってもらったカバンを受け取り、お礼を言った。

その時、もう一度キスされそうな気配を感じとったけど、どうしても心が落ち着かなくて、私は、遮るようにうつむいた。

嫌なんて訳ではもちろんなくて。

ただ、胸がいっぱいで、平常心ではいられないだけ。

「じゃ、じゃあ」

もう一度そう声をかけ、私は、急ぐように助手席から外に出た。
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