猫になんてなれないけれど
「風呂場は、中から鍵をかけられますし。安心して使ってください」

真面目な顔で告げられて、私は「え?」と疑問の声を出す。

その直後、もしかして、と、彼の言葉の意味に気がついた。


(まさか・・・冨士原さんが覗くかもって、私が警戒してると思ってる?)


い、いやいやいや!私は思わず笑ってしまった。

「や、大丈夫です。鍵とか、そういう心配はしてないですよ」

「・・・一応、念のために。悩まれていたので伝えた方がいいかなと」

言いながら、冨士原さんは少しだけ頬を赤くした。

その様子がちょっとかわいくて、私の緊張感がぐっと緩まる。

「疲れているし、本当に、どうしようか悩んでいただけなんです。でも・・・お借りようかな。せっかくなので」

やっぱり、汗だくのまま寝るのは申し訳なく思ったし、ここでシャワーを遠慮したら、それこそ覗かれるのを警戒している気がするし。

「いいですか」と確認すると、平常心に戻った様子の冨士原さんは、「はい」と眼鏡を持ち上げて、真面目な顔で呟いた。

「けど、一応、鍵はかけて入ってください。忘れてたら、覗いてもいいって解釈しますので」

「ええっ!?」

「・・・冗談です」

甘く笑いかけられて、今度は私が赤くなる。

彼のことをかわいいって思った感覚は、完全に過去のものだった。

「・・・じゃあ、こっち」

促され、彼に続いて私も一緒に立ち上がる。

リビングを抜け、バスルームに案内されて、フカフカのタオルと紺色のパジャマを渡された。

石鹸のにおいが微かに香る。

「オレので悪いけど。真木野さん、手足長いしそこまでダブつかないとは思うので」

「そ、それはどうかと思いますが・・・。ありがとうございます。お借りします・・・」

さすがに、冨士原さんのパジャマは大きいだろうと思うけど。

「手足が長い」と表現されて、内心嬉しくなったのは、気づかれないようにしようと思う。

「ドライヤーはそこにあります。そのほかに、なにか足りないものがあったら呼んでください」

「じゃあ、ごゆっくり」と、冨士原さんは踵を返したのだけど、何かを思い出したのか、「そうだ」と言ってくるりとこちらに向き直る。

「・・・鍵、かけ忘れてもいいですよ」

そう言って、甘い目をして笑うから。

私の胸は、途端に大きく脈打った。

「い、いえ。ちゃんと、かけます・・・」

「・・・そっか。残念」

冨士原さんはクスッと笑って、私の頭を優しく撫でた。

そしてそのままいなくなってしまったけれど、あたたかな感触は、私の髪から離れない。

確かめるように自分の髪に触れてから、脱衣所の木製扉をゆっくり閉めた。

一瞬だけ悩んだけれど、やっぱり、鍵はきちんとかけておくことにした。



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