王妃様の毒見係でしたが、王太子妃になっちゃいました


(……いいにおいがする)

ロザリーは鼻をふんふん、と動かす。そこはアイビーヒルの切り株亭だ。
懐かしい光景に、しっぽが揺れる。
そこでロザリーは、今の自分がリルであることに気づいた。

(夢かぁ)

久しぶりのリルの夢だ。最近殺伐とした出来事が多かったので、妙にホッとしてしまう。

「リル、散歩に行くか?」

夕方に切り株亭にやってくるのは小さなレイモンド。彼に手綱を引かれて、リルはアイビーヒルの街の中を歩く。
イートン伯爵の作った街は、全体でひとつの家族のような温かみにあふれている。平民が困らないよう、土地の区画整備や水道設備が整えられていて、観光資源である温泉を生かして開発された街は活気にあふれている。

「ただいま、レイモンド。今日もリルとお散歩?」

乗合馬車から降りてくるのはまだ幼さの残るオードリー。
嬉しさから小走りになるレイモンドのわずかな動揺が、手綱を通して伝わってくる。

(平和で、のどかな、優しい世界。ずっとここにいたいな)

アイビーヒルは平和な街だ。善良な領主さまに守られ、肥沃な大地があり、働けば働くだけ結果が返ってくる。
心も体も休める、優しい温泉地。

『王都に戻らなければならなくなった』

いつかの声がこだまする。
王都なんていかなくてもいいのに。ここは平和で、なにも心配する必要なんてない。
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