王妃様の毒見係でしたが、王太子妃になっちゃいました
それらを思い出していると、永遠の別れでもないのに、感極まって泣いてしまいそうだ。ロザリーが目尻をそっと押さえるのと同時に、カイラが入ってくる。

「アイザック、時間ですよ」

ザックは今日これから、グリゼリン領へと向かうのだ。馬車で十二時間かかるため、途中一泊する予定である。
領土の半分は山があり、しかもそれは険しい。土地は広けれど街はほんのわずかというグリゼリン領は、外敵の侵入がない土地ではあれど、観光地としての魅力もない。農耕地も少ないため、資源といえるものはわずかだ。
僻地とも言える土地をどうすることもできなかった領主は、三十年前に国に土地を返還し、土地は国預かりとなっていた。
ザックはこれから、そこを自身の王国と思って復興させなければならないのだ。

「……行ってくる」

「はい。お待ちしてます」

ふたりの間にあるのは口約束でしかない。
だがロザリーは、たしかに幸せだった。彼の気持ちを疑うことなど何もない。
今度は命を狙われることもない。苦しくても、生きていてくれるならそれだけで十分だ。

先に下働きの人間は送ってあるため、見送られるのは、騎乗して向かうザックと護衛三人、馬車一台分の荷物だった。
イートン伯爵も見送りに来て、カイラとロザリーが揃って手を振る。

しばらくは馬車から手を振ってくれた彼も、やがて中に入っていく。
見えなくなると、カイラとロザリーどちらが先ということもなく、ため息が出た。

「……行ってしまいました」

「そうね。こんな形で旅立たせることになるなんて」

ロザリーは自分を支えていた力が抜けたようだった。立ってはいるけれど、体の芯がふにゃふにゃしている。今ソファに座ったら、立ち上がれなくなってしまいそうだ。

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