ボードウォークの恋人たち
「婚約だけじゃなくてとりあえず早く籍を入れようとか言われたんじゃない?婚約なんて不安定だもの」

「なっ・・・」
隣で望海さんの息を呑むような声が遠くに聞こえるけれど、私は頭をがんっと殴られたような気がしていた。

婚約者、あれはそういう意味だったということ?

二ノ宮総合病院の院長の座
ハルの急な帰国はそのためだった?
強引な同居は私を守るためなんかじゃなくて、本当の目的はまさか病院長の座?

「まさかとは思うけど、あなた愛されてるだなんて勘違いはしてない?」

ふふふと赤い唇が細く上向きになり目は楽しげにキラキラと光りはじめる。
私の動揺した姿を捉え、目の前の女は愉しくてたまらないらしい。

「治臣みたいな男が院長になったら今以上に女たちが群がってくるわね。あははっ、いい気味。結婚しても次々とわき出る愛人たちとの泥沼生活になるでしょうから今から覚悟が必要ね。あなたみたいなお嬢さまに耐えられるのかしら?」

そして女王はトドメをさすことも忘れない。

「治臣には長い付き合いの本命彼女もいるのだし」

私の身体がびくりと震えた。

「彼女、留学先にまで追いかけてきてたの。すごい情熱よね。治臣も彼女とべったりだった。うふふ。ねえ、この場合どっちが幸せなのかしら、愛されてる女と地位を得るために籍を入れた妻と。ねぇ、どっちだと思う?」嬉しそうに声をあげて笑い始めた。

私の頭の中でガンガンと鐘が叩かれているような鈍い音がし始める。
鼓膜に膜が張ったような外の音が遠くに聞こえはじめ、血圧が下がっているのか次第に指先にしびれを感じた。
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