"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
「こう見えて会社の取締役だったりするんだよ」
「え!!」
自慢げな琴音。
どうでも良さそうに食事を再開する大洋に茫然としながらも見てしまう。
確かに王様みたいな、本能的に逆らってはいけないようなオーラはある。
俺は開いた口が塞がらなかった。
でも、納得だった。取締役ならあの高級そうなスーツを着ていてもおかしくない。口は悪いが、礼儀作法や食事の作法がしっかりしているのも理解できる。
ただ、それならもっと良いところに住めたんじゃないだろうか。
この町はサーフィンをするなら絶好の場かもしれない。住宅街から少し離れているから静かに過ごすこともできる。
けれど、それを除いても坂は長いし、潮風に金属は錆びるし。なぜ、もっと便利で大きな家を選ばなかったのかは疑問だ。
あのスーツからなんとなく、小さな会社というわけでもない気がするし、金銭的な面で選んだ俺とは違うだろう。
「大洋さんっておいくつなんですか?」
本人からの答えは期待できないので最初から琴音に聞くと「私と同い年」と返ってきた。
「洋ちゃんは二月生まれで、私は十二月生まれだから私の方がお姉さんだけどね」
「十二月って今月じゃないですか」
「そう、大晦日なの。だから今はギリギリ二十代」
つまり、この美形夫婦は現在二十九才。
アラサーには見えない美人妻とアラサーにして取締役のイケメン旦那。
前世でどんだけ徳を積めばこんな奇跡みたいな夫婦が出来上がるのか。