"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
それからは主に俺の大学生活をして、時々、惚気のように大洋の話を琴音がして。
食事を終えてからずいぶん時間が経っていた。
最初は息苦しくて早く帰りたかったはずなのに、帰る頃にはその息苦しさも緊張も無くなっていた。
………別の、胸の苦しさはあったけど。
大晦日まで夫婦はこの平家にいるらしく、それまでは冷蔵庫の整理のためにもきて欲しいと言う琴音に俺は何もいえないでいると、驚いたことに大洋から「その方が助かる」と了承を得た。
バイトの日以外の夕食はお世話になることになってしまった。
玄関まで送ってくれた琴音が手を振り、大洋は寒そうに琴音の隣に立っていた。
ペコリと頭を下げ、相沢家の敷地を出ると、犬の散歩をしている一人の四十代くらいの女性がいた。
こちらを見ていた女性と目があい、向こうはとっさに目を逸らす。
そそくさと去ろうとする女性に「こんばんは」と声をかけた。
挨拶を返した女性に会釈をし、俺は自分の家に向かおうとすると。
「あの」と、声をかけられた。
「私、この坂のすぐ下のところに住んでいる平松って言います」
「僕はこの平家に住んでる町田です」
「どうして今、隣から出てきたの?」