"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
そんなまさか。
他人の家の雑草が気になっちゃう人ですよ。
作物を育てようと、いろんな道具を持ってきちゃう人ですよ。
簡単に夕ご飯を一緒に食べよう、なんて言ってくる人ですよ。
そんな琴音が近所付き合いを避けているなんて考えられもしなかった。
このご時世、昔のように町全体で子供を育てるみたいなものはないし、近所付き合いなんて希薄なもの。
近所同士の関わりがある方が珍しいかもしれない。
現に俺も相沢家以外で初めて近辺の人と話しているわけだし。
そういうもの。
けれど、琴音は違う。
彼女は人と関わるのが好きそうだ。そうでなければ隣人にあれだけお節介をしようと思わないだろう。
どうして平松がそう思ったのか、もう少しだけ話を聞こうと思った時だった。
犬がくるくると回り始めた。
帰りたそうだ。
「久しぶりに誰かと話したもんだからつい止まらなくなっちゃった」
犬を抱っこしながら平松はふふっと、笑う。
「ご近所付き合いがどうのって言いつつ、実は私も全然なのよ。相沢さんよりはまだ関わっているけれど。……だからかしらね。なんとなく、避けているって思っちゃうのは私がそうだからかも」
優しく犬の頭を撫でる姿はまるで小さな子供をあやすような母親の姿に見えた。
犬も安心しきったように平松の腕に顎を乗せ、尻尾を張っている。
「おばさんの話に付き合ってくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ……。あの、平松さん」
「何かしら」
「ここ、街灯少ないので気をつけて帰ってください」
「この辺、治安だけはいいのよ。でも、ありがとう。お休みなさい」