"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
坂を下る平松の後ろ姿に、なぜかもの悲しくなってしまった。
家に入ろうとして、振り返る。
ここは坂を上りきった場所で、これより奥へは行ったことはないがまだ未開拓なのか柵に覆われた平地があるだけで、見渡す限りは散歩道らしい道は途切れている。
駅に近い方が街灯も多いし、道も開けているのにどうしてここを散歩道に選んだんだろうか。
俺は不思議に思いながら、家に入った。
その夜はあまり眠れなかった。
最初の印象が良くなかったが、平松はお上品なマダム、と言った感じで悪い人には見えなかった。
怖いと思っていた大洋はやはり口も目つきも悪いのは変わらないけれど、人のためを思って悪いところをきちんと指摘してくれる優しい面もあった。
時々、パーソナルスペースがおかしいくらい人との距離が近く、マイペースに巻き込んでいく琴音は他の人からすれば避けている節があるらしい。
人は見かけによらない。
どれが本当で嘘なのかなんて簡単には分からない。
けれど、今まで関わってきた琴音が相沢琴音で、俺の中の本当だった。
全然知らないことの方が多くて、知らなかったからこそ、好きになってしまった。
旦那さんは苦手だと思い込んでいたけれど関わってみればそうでもなかった。
だからこそ、心が苦しくなる。
早く消さなければならない。
もう関わるべきじゃない。
だけど、上手く断れない自分がいる。
この先、大洋のことを知れば知るほど申し訳なさを感じ、関わるほどに琴音が大洋を愛していることを知り、お似合いな二人を見てもっと苦しくなるんだろう。
そして、後ろめたい気持ちになる。