"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
「……訳が違うだろ」
「付き合ってようが、結婚してようが一緒だよ。好きな人に相手がいただけで、気持ちは自由なはずでしょ?……もし気持ちを持つだけで罪なら、私はずっと前から罪人だね」
お前と俺とは違うよと言おうとして。
その通りかもしれないと思った。
好きな人が結婚していると途端に好きという気持ちはダメなものだと思い込んでいたけれど、交際関係であったって同じだ。
どちらの方が罪深い気持ちなのかという考えだったが、どっちにしたって好きな人には相手がいることには変わりない。
「人が惹かれるのは理屈じゃないし、今日で好きでいるのやーめたなんて出来ないじゃん」
「あぁ」
やーめた、と言うのは簡単だけど心というのはもっと複雑で感情を自己操作するのは難しい。
「だから、大丈夫。自分を責めなくていい」
どうにかしなきゃと焦って行動して、結局すぐには何も変えられない。
そもそも、頭で考えることと心が思うこととは別物で自分でさえ持て余していた。
どう行動したって求めてるものは一つで、そこが変わらない限り何をしたって雁字搦めなままだ。
こんな気持ちも。
そんな気持ちを変えられないことも。
俺は自分を責めていた。
「……なんか、気が楽になった。ありがとな」
苦しかった気持ちが少しだけ緩んで、心が軽くなった気がした。肯定されるなんてちっとも思わなかったからホッとしている。
酒井は首を振り、ずっと掴んでいた俺の服から手を離した。
「……じゃあ、言いたいことは言えたし答えももらったから帰るわ。もう飲みすぎんなよ!」
「は、ちょっ、もう遅いだろ!」
くるっと背を向け、部屋を出ようとする酒井の腕を慌てて取る。
「終電はまだ残ってるし、走れば間に合うから」
「にしたって、暗い中一人で歩かせられないだろ」
「……分かんない?あんたに振られたのに同じ屋根の下で過ごせるわけないじゃん」