"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる


「なぁ、酒井」

お互いに背を向け合っていたけれど、彼女がビクッと震えたことはすぐに分かった。

「もし付き合ってるうちに思っていたのと違うとか、他に好きな人が出来たらちゃんと言えよ。いつでも聞くから」

別れる前提で付き合う奴なんていない。俺だって別れることを想定して付き合いたくはないけれど。

他の人を想っていて、好きになれるか分からない。
想いを断ち切りたいから、縁を切りたくないから付き合ってくれ、なんて。

今更ながら自己中心的すぎる理由に酒井はよく付き合う気になれたなと思う。

だからせめて、酒井からこの関係をいつでも終わらさられることを知っていて欲しかった。


「それって、私が別れるって言うまでは別れないって解釈でいいの?」

「まぁ、そうなるかな」

「私に優遇しすぎじゃない?私が一生別れを切り出さなかったらどうするの?」

「時と場合によるし、その時はまた考える」

「……振られないように頑張るわ」

付き合っているときに振るのは俺じゃなくていつも相手から。俺から振ったことは一度もないけど、言わない。


「朝起きて酔ってたから無しっていったら一生恨むから」

「こえーな」

本当に恨まれそうだ。

「お前案外怖いこと考えてるよな。別れろって思ってたって言われた時びっくりしたわ」

「悠介は思わないわけ?」

「思わないな。どちらかといえば、末長くお幸せにって思ってる」


それは心から思っている。

隣の美形夫婦はお互いにとても大事にし合っているのが見ていてわかる。

大洋は口は悪いし、目つきも悪いけど琴音にはとても優しい目を向けていて、思っていたよりもいい人だ。

琴音はそんな彼の本質をきちんと理解していて、心から彼を愛していることがダダ漏れ。

本当にお似合いの夫婦だと思う。


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