"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる

終電が無くなって、酒井が家に帰る手段を失ったので客間に連れて行き、後は自由にしてもらった。

最初から解放するつもりではあったが酒井の方は気が気じゃなかったようで睨まれた。

余程緊張していたのか、涙目で睨まれたので全く怖くなく、寧ろ気の弱い犬に吠えられているようなもので痛くも痒くもない。

ほんの少し前まで絶縁寸前の状態だったのが嘘のようにいつも通りの関係だ。

付き合うと言うよりは友人関係続行なのでは。
本音を言えばそれの方が個人的には嬉しいけど。

だって考えられない。

約二年ぶりの彼女が友人としか見ていなかった女子。
肩を組んだことはあっても手を繋いだことすらない。

現段階で、手を繋いで歩く姿さえ想像できない。


「今日一日で色々ありすぎなんだよ」

キャパオーバーだ。

酔っていたし、眠気は酷かったし、夢であったっておかしくない。けれど、眠れなかったので夢なんてみることはなかった。

それまで告白されて眠れないなんてことは一度もなかったのに、一睡もできず、ずっと自分の身に起きたことを反芻していた。


翌朝、眠れなかった俺とは裏腹に酒井は泣き疲れたせいでよく寝れたらしい。

クレンジングなんてものはこの平家にないので、お風呂で落としきれなかった化粧の心配ばかりしていた。

俺は一晩中ずっと考えていたのに、告白してきた本人は爆睡し、朝にはもっと別のことに頭を悩ませていたとは。睡眠時間を返せと言ってやりたい。

しかも、スーパーが開く時間にクレンジングを買いに行かされる始末。

パシられるのも、その遠慮のなさもとても付き合いたてとは思えない。


だけど、やっぱりどことなく違う。

家に帰ってきたら朝食が用意されていたり、高校の時に散々見ているのに絶対にスッピンを見せようとしなかったり、いつも通り接しようとして、何を話せばいいかわからなくなって沈黙してしまったり。

静かになると昨日のことを思い出してしまって気恥ずかしくなってしまうし、どこを見て、何を話せばいいのかわからない。

今までの当たり前ってどんなのだったんだろう。

それがわからない時点で、もう俺たちの関係は変わっているんだろう。
今はまだ付き合っていると言う実感もないし、それらしいことをすることも全く想像すらできないけれど、友人関係では知れなかった一面を少しずつ知って、彼氏彼女らしくなるのかもしれない。

きっと。


これから。


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