"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる

昼ご飯は酒井指導の下でイタリアンに挑戦した。

ホール担当だから仕方ないとは言え、バイト先でよく目にする割にはパスタ以外の作り方は何一つ知らなかった。

アプリを見ながら作ることはあるが、見ずに作るなんてことは俺にはできない。

前のアパートに住んでいた時に比べれば自炊するようになったが、調理実習や日頃家で料理をする酒井に比べれると俺の手際の悪さがよく目立つ。

切り方の違いや手順の意味を教わりつつ、二人で作って食べた。

夜ご飯は酒井の家に近い店でご飯を食べることにし、駅に向かった。

まだ日が沈む前の明るい坂を下っていると、いつもの如く大量に買い込んだ様子の琴音が坂を上がっているところだった。

なるべく酒井と一緒の時には会いたくないという俺の思いを裏切るように今日だけで二度も出会ってしまった。


すれ違いざまに挨拶をし、これから二人でご飯を食べに行くことを伝えると「楽しんできてね」と何やら楽しそうに微笑まれた。

なんというか、温かい目で見守る母親や姉のような感じで見られているような気がする。

その時、ひらりと真っ黒のアスファルトの上に縦長の白いレシートが落ちた。

一緒に夜ご飯を食べる機会が増え、会話が増えたことで知ったことだが、相沢家は基本的には夫婦で買い物をするらしい。

だが、大洋が忙しいこともあり、日用品や食材は基本的には琴音一人で買い物をする。

買い物は一度に大量に買い込んで基本的には家から出ることは殆どないらしい。


「大量に買い込む時は言えって言ってんのに聞かねーんだよ」

呆れながら大洋がそう言っていたことを思い出した。

ネットショッピングで済まえばいいのに、とも。


「そんなことしたら私の運動する場がなくなっちゃう!洋ちゃんだって太った私は嫌でしょ!」

「別に太ってようが痩せてようがどっちでもいい」


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