"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
しかし、今日もまた彼女は重い荷物を一人で持ち、この坂を上っている。
「私、これ届けてくる」
レシートを拾い、酒井が琴音を追った。
穿き慣れないロングスカートを軽くたくし上げる酒井に遅れて俺も後を追う。
「すみません」
酒井が彼女の肩に手を伸ばした時だった。
遠目に見ても分かるほどビクッと大きく肩を揺らし、勢いよく後ろを振り返って酒井が伸ばした手を振り払った。
同時にあの重い荷物が地面の上に鈍い音を立てて落ちた。
目の前で何が起こったのか理解することができなかった。
昼に挨拶をした時はいつもの明るい笑みで接してくれた彼女が怯えの色で染まった顔で振り返ったのだ。
「……あ、」
酒井の顔を認識したのか、琴音は振り払った自分の手に目を落とし、それから慌てて酒井の手に重ねた。
「ごめんなさい!痛かったでしょう?何か冷やすものを」
「いえ、私が急に後ろから話しかけたせいなので……。驚かせてしまってすみませんでした。これを渡したかっただけなので気にしないでください」
重ねられた琴音の手をやんわりと離し、その手の上に落としたレシートを乗せた。
俺は地面に落ちた買い物袋を拾うと、酒井に腕を引かれ「それ持っていってあげて」と言われた。