"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる


琴音の体は異常な程に震えていて、この重い荷物を持てる状況にはなかった。

酒井にはその場で待って貰い、二人で坂を上る。

ポツリポツリと琴音は話し出した。

「時々、こういうことがあるの。最近では落ち着いていたし、洋ちゃんがいれば大丈夫なんだけど、女の人……特に若い女の人に急に後ろに立たれるのがダメみたいで。……いつからこんなことになったのか、どうしてこんな体になってしまったのか自分のことなのに全く分からなくて」


その時、唐突に以前、平松が言っていた話を思い出した。

人見知りという言葉の一文字もかすりそうもない彼女が近所付き合いを避けているという話だ。

ご近所付き合いはもっぱら主婦同士の付き合いが多い。つまり女同士。

さっきのような反応をしてしまうから避けていたとすれば平松の言っていたことも頷ける。

ただ、あれだけ怯えてしまうようなことが過去にあったとしたら、身に覚えがないなんてことはないんじゃないのか。


「だから、酒井さんのせいじゃないってことを町田くんからもう一度伝えてもらえないかな?」

「わかりました」


相沢家に荷物を届けた後、保冷剤を包んだタオルを手渡された。


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