"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
彼女は無意識にゆらゆらとブランコを揺らしたり、足で土を掘ったりした。品に溢れる彼女がしそうにない行動だった。
そうでもしないと、溢れる涙を誤魔化せない。
「いつ別れが来てもおかしくないってずっと覚悟していたのに、突然に感じたわ。だってその日もいつもと変わらなかったのよ。本当にいつも通り、私の膝にやってきて撫でてって頭を擦り付けてきて「はいはい」って撫でていただけだった。でも、最後にあの子、私の顔を見たのよ。まるでニコって笑うみたいな顔をするから「まさか」と思っていたら、そのまま眠ってしまった」
どんどん涙声になっていく平松だったが、彼女は涙を流さなかった。
時折、震えた声や体を押さえ込むように抱きしめて、何度も上を向いて、体を動かして誤魔化していた。
「それからは何にも手がつかなくなって、お腹も空かないし眠たくもない。人として最低限のことさえもうどうでも良くなってしまっていたのに、涙だけはずっと止まらなくて、ずっと泣いて、ずっとどこか遠くを眺めていた。しばらくして、雲一つない快晴の日があって、珍しく旦那が外出はできなくても庭にくらい出てみたらどうだってしつこく言うものだから仕方なく出てみたのよ。それで町田くんがくれた人参のことを思い出したの」
これまで一度も作物を植えたことがないらしく、分からないなりに枯らしてはならないと必死に調べて毎日手入れをして一生懸命育てていた。
けれど、彼女は最愛を失い、すっかり忘れてしまっていた。
最低でも二週間は水やりもしていなかったので慌てて庭に出たという。
「運がよかったのよ。梅雨入りしていたから水不足にはならなかったし、気付いたのは梅雨明けで、そんなに長く雨にも晒されなかったから病気もせずに育ってくれていた」