"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる


「町田くんから頂いたものだからという気持ちもあったし、何よりも自分の手で育てたものを最後まできちんと育てたいと思った。見ての通り、今では泥まみれになるのも庭仕事で体が疲れてしまうのも楽しいと思えてしまうくらいよ。……あの時、あなたが種をくれなかったら私は今ここにいないでしょうね」

大袈裟だろうと思うけれど、それだけマルちゃんを失った平松の心は暗く沈んでいたことも窺える。

あの種の袋一つで生きることをやめないでくれたなら大袈裟でもなんでもいいじゃないかと思う。


「人参、売り物みたいに綺麗でした。平松さんが丹精込めて育ててくれたので、人参も喜んでますよ。僕も渡した種があんなに綺麗になってて嬉しかったです」

平松はクスクス笑ってお礼を言う。
ほんの少しだけでも明るくなった彼女にホッとし、「そうだ」と自分の家の作物を思い出す。

「僕ももうすぐジャガイモを収穫するので、その時は届けにいきますね」

その瞬間、ピタリと彼女の笑い声は止まって代わりに申し訳なさそうで、どこか悲しそうな顔で微笑んだ。

「ごめんなさいね。私、今週中にはこの町を出ようと思ってるの。だからきっと受け取れないわ」

「そうでしたか」

梅雨明けとはいえ、もう少し地面を乾燥させる必要があり、今週中ではまだ収穫はできない。


「もう少し後にすれば良かったわ。急に思い立って決めたものだから、旦那にもまだ伝えていないし」

「え!?旦那さんも知らないんですか!?」

流石にそれには驚きを隠せず、つい大きな声が出てしまった。だが、平松は優雅に頷いて返した。


「これは旦那へのちょっとした仕返しなのよ」

いつもはふふっと上品に笑う彼女がニヤリと少し意地悪さを含んだ笑みで言った。


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