溺愛婚約者と秘密の約束と甘い媚薬を



 「風香に何か言えない事があって、それを悔やんでいて。風香と別れなきゃいけないけど、別れたくないから、薬を使って忘れた………とか。」
 「私に言えない事って?」
 「例えば病気とか……犯罪的なものとか?」
 「この間、行方不明になった後に警察の方で柊を病院に連れていってくれたみたいで、異常はなかったって言われたから、たぶん病気はないと思う。それに犯罪って………柊は警察だよ?」
 「警察でも罪を犯す、でしょ?」
 「それはそうだけど………」


 美鈴の話しに、風香は驚き言葉を失ってしまった。美鈴は綺麗な髪をかきあげた後、「でもさ……」と言葉を続けた。


 「メモリーロスを治療以外で服用する事も犯罪なんでしょ?だから、警察も柊さんの事を監視してるんじゃないかな?」
 「………そんな………」
 「だとしたら、婚約者だった風香が、記憶を失くしたのにまた付き合ってるってわかったら、仲間なんじゃないかって思われるかもしれない」
 「そんな事ないよ……それに、柊さんには何か理由が………」


 美鈴は心配して助言してくれているのだとわかっている。けれど、彼女の言葉は到底受け入れられるものではなかった。
 正義感が強く、警察でも後輩からも上司からも信頼されていると聞く柊が犯罪行為をしているなど思いたくもなかった。

 けれど、美鈴が話した通り、メモリーロスを服用したとなれば、この国では犯罪になってしまう。それに、彼が治療としてメモリーロスを飲んだという事も考えられない。行方不明になる前は、婚約者として頻繁に彼に会っていた。一緒に寝ることもあったが、彼が不眠になったり辛そうにしている姿など見た事もない。それは到底考えられないものだった。

 そうなると、美鈴が話したように、彼は風香と離れたい理由があったという事になる。
 自分を嫌いになってしまった。それは信じたくないが、1番考えられる事だ。けれど、受け入れたくない考え方だった。美鈴はそれはありえないと思ってくれているのだけが、救いだった。
 風香は自分の左薬指で輝く婚約指輪を見つめた。これは、柊がプロポーズの時に渡してくれた「one sin」のものだった。女性ならば憧れる、高級ブランドのもの。別れたいと思っている男性が買うだろうか、と疑問も残る。
 ………が、理由をつけて「自分を嫌いになった」という考えは違うと思いたいだけのようにも感じられた。



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