那須大八郎~椎葉の『鶴富姫伝説』~
水流は椎葉に関して仕入れた消息を政子に話している。
「 私もその鶴富姫に一度会ってみたいものだ。」
政子が突然言った。
「次は尼御台もご一緒されますか。」
水流がご冗談でしょうという顔をしている。
「 私も常磐様は見たことがないからな。」
政子は頼朝から聞いた常磐御前の事を話し始めた。
「お前も知っておるであろうが佐殿(頼朝)の父義朝様は 正室側室以外にもたくさんの愛妾がおったのだ。どの正室側室愛妾も身ごもると新しい愛妾を見つけてはそちらに通い始める。だから一人の女に一人しか子を儲けておらん。ところが常盤様だけは身ごもってからも通い続け九郎殿(義経)まで 三人の子を儲けておる。義朝様亡き後、常磐様は敵 清盛様にも寵愛を受けており廊御方(能子)を産んだ 。信じられないことではないか。 男を拐す妖術でも使ったのかと疑いたくなるぞ。」
政子が話している義朝の遍歴は頼朝から聞いた話である 。
「鎌倉殿(頼朝)は常磐様をご覧になったことはあるのでしょうか。」
水流は政子に尋ねた。
「それが夕霧にでもなったつもりでへらへらと語るから面白いのじゃ。」
政子は笑いながら答えた。
「 夕霧とは源氏物語に登場する夕霧でございますか 。」
水流が再び尋ねた。
「その通り、おぬしもなかなか博識じゃな。」
「それはそれは、さすが京で幼少期を過ごした鎌倉殿でございます。」
「佐殿のことだから口からでまかせかもしれんが、何度かは会っておるだろう。」
「 口からでまかせとはどうしてでございますか。」
「源氏物語に同じような場面があるのじゃ。」
「それはどのような場面でございますか。」
水流は源氏物語を読んだことがない。この物語に関する知識は政子との会話から得たものだ。
「光源氏の息子夕霧は京で一番美しいと言われている紫の上を見たことがなかった。会ってみたくとも光源氏は会わせてはくれない。夕霧が初めて紫の上を見たのは台風の後じゃ。壊れた垣根の隙間から覗いたら紫の上のお顔がちらり見えたらしい。二度目は死に顔だった。その話を佐殿は私に面白おかしく話した。佐殿が最初に常磐様を見たのは義朝様が常盤様に会いに行く後をこっそりと付けて行った夜だと申しておった。どこまで覗いたかは言わぬだがにやけた顔をしておったから大概の想像はつく。2度目は最後の戦の時じゃ。 どこか似ておらぬか。」
頼朝が覗いた話をするあたりから政子の表情はふてくされ気味になっていた、そこで水流は言った。
「それは尼御台を見た鎌倉殿が常盤様を思い出したからではございませぬか。お二人とも美しいと。鎌倉殿はきっとそう思っていたことでしょう。」
「 口の上手な奴よのう。だが佐殿は常磐様と私では真逆の性格だと言っておったぞ。」
水流はその言葉がとても的を得ているように感じた。頼朝が決断に迷った時、後押しするのは決まって政子だ。
「 ところで話は変わりますが一つお聞きしたいことがございます。」
水流は妙にかしこまった表情で話した。
「構わぬ、言ってみろ。」
少し間をおいて水流は話し出した。
「大八郎は本当に那須資隆様の息子でございますか」
「どういう意味だ。」
政子は今までに見せたことがない険しい表情をした。
「年齢でございます。大八郎は資隆様の息子というより与一様の息子の方が年齢がしっくりきます。」
「いつからそう思ったのだ。」
政子は険しい表情のまま話した。水流は聞かなければよかったと少し後悔したが口にしてしまったからには政子の様子を見ながら話を収めるしかない。
「尼御台が源氏物語の話をされたからでございます。 以前源氏物語の話をされていた時、〈 薫の君は光源氏の息子ではない。柏木の子供じゃぞ。柏木と言うのは光源氏の息子夕霧の友人じゃ。〉と大笑いしておられました。」
政子はそういう話をしたことを思い出し、突然あははははと大声で笑い出した。
「ならば与一に尋ねてみるがよい。その代わり、どうなっても知らんぞ。突然遠くから矢が飛んできてお主の心臓を射抜くかもしれん。」
「おっしゃる通りでございます。この話は聞かなかったことにしてくださいな。」
政子に上手くかわされた水流はもうこの話は避けようと決めた。そうは言っても、政子が話した 源氏物語の一節に気になる描写があった。 水流はそれを思い出せずにもやもやとしていた。
「 私もその鶴富姫に一度会ってみたいものだ。」
政子が突然言った。
「次は尼御台もご一緒されますか。」
水流がご冗談でしょうという顔をしている。
「 私も常磐様は見たことがないからな。」
政子は頼朝から聞いた常磐御前の事を話し始めた。
「お前も知っておるであろうが佐殿(頼朝)の父義朝様は 正室側室以外にもたくさんの愛妾がおったのだ。どの正室側室愛妾も身ごもると新しい愛妾を見つけてはそちらに通い始める。だから一人の女に一人しか子を儲けておらん。ところが常盤様だけは身ごもってからも通い続け九郎殿(義経)まで 三人の子を儲けておる。義朝様亡き後、常磐様は敵 清盛様にも寵愛を受けており廊御方(能子)を産んだ 。信じられないことではないか。 男を拐す妖術でも使ったのかと疑いたくなるぞ。」
政子が話している義朝の遍歴は頼朝から聞いた話である 。
「鎌倉殿(頼朝)は常磐様をご覧になったことはあるのでしょうか。」
水流は政子に尋ねた。
「それが夕霧にでもなったつもりでへらへらと語るから面白いのじゃ。」
政子は笑いながら答えた。
「 夕霧とは源氏物語に登場する夕霧でございますか 。」
水流が再び尋ねた。
「その通り、おぬしもなかなか博識じゃな。」
「それはそれは、さすが京で幼少期を過ごした鎌倉殿でございます。」
「佐殿のことだから口からでまかせかもしれんが、何度かは会っておるだろう。」
「 口からでまかせとはどうしてでございますか。」
「源氏物語に同じような場面があるのじゃ。」
「それはどのような場面でございますか。」
水流は源氏物語を読んだことがない。この物語に関する知識は政子との会話から得たものだ。
「光源氏の息子夕霧は京で一番美しいと言われている紫の上を見たことがなかった。会ってみたくとも光源氏は会わせてはくれない。夕霧が初めて紫の上を見たのは台風の後じゃ。壊れた垣根の隙間から覗いたら紫の上のお顔がちらり見えたらしい。二度目は死に顔だった。その話を佐殿は私に面白おかしく話した。佐殿が最初に常磐様を見たのは義朝様が常盤様に会いに行く後をこっそりと付けて行った夜だと申しておった。どこまで覗いたかは言わぬだがにやけた顔をしておったから大概の想像はつく。2度目は最後の戦の時じゃ。 どこか似ておらぬか。」
頼朝が覗いた話をするあたりから政子の表情はふてくされ気味になっていた、そこで水流は言った。
「それは尼御台を見た鎌倉殿が常盤様を思い出したからではございませぬか。お二人とも美しいと。鎌倉殿はきっとそう思っていたことでしょう。」
「 口の上手な奴よのう。だが佐殿は常磐様と私では真逆の性格だと言っておったぞ。」
水流はその言葉がとても的を得ているように感じた。頼朝が決断に迷った時、後押しするのは決まって政子だ。
「 ところで話は変わりますが一つお聞きしたいことがございます。」
水流は妙にかしこまった表情で話した。
「構わぬ、言ってみろ。」
少し間をおいて水流は話し出した。
「大八郎は本当に那須資隆様の息子でございますか」
「どういう意味だ。」
政子は今までに見せたことがない険しい表情をした。
「年齢でございます。大八郎は資隆様の息子というより与一様の息子の方が年齢がしっくりきます。」
「いつからそう思ったのだ。」
政子は険しい表情のまま話した。水流は聞かなければよかったと少し後悔したが口にしてしまったからには政子の様子を見ながら話を収めるしかない。
「尼御台が源氏物語の話をされたからでございます。 以前源氏物語の話をされていた時、〈 薫の君は光源氏の息子ではない。柏木の子供じゃぞ。柏木と言うのは光源氏の息子夕霧の友人じゃ。〉と大笑いしておられました。」
政子はそういう話をしたことを思い出し、突然あははははと大声で笑い出した。
「ならば与一に尋ねてみるがよい。その代わり、どうなっても知らんぞ。突然遠くから矢が飛んできてお主の心臓を射抜くかもしれん。」
「おっしゃる通りでございます。この話は聞かなかったことにしてくださいな。」
政子に上手くかわされた水流はもうこの話は避けようと決めた。そうは言っても、政子が話した 源氏物語の一節に気になる描写があった。 水流はそれを思い出せずにもやもやとしていた。