恋人のフリはもう嫌です

 ああ、やっぱり吉岡さん好きだなあ。
 そんな百合百合した思いを拗らせていると、吉岡さんは「お手洗いに行ってくるわ」と席を立った。

 もしかして立ったついでに、ここに戻らずに西山さんの隣に座ったりして。
 酔っていて、お茶目さが増した吉岡さんならやり兼ねない。

 その時は「なにやっているんですか」って、からかうような視線を送ろうっと。
 想像するだけで楽しくて頬を緩ませると「楽しそうだね」と声をかけられた。

「ええ、とても」

 上機嫌で声をかけられた方に顔を向け、固まった。
 その人は、至極自然に私の隣に座った。

 破壊力抜群の笑みを携えて。

「あ、あの。どちら様で」

 ほぼ正解は導き出されているのに、上擦った間抜けな声を漏らす。
 彼はフッと小さく笑って「はじめまして西山透哉です」と、名乗った。

 まさかの彼は西山 透哉、その人だった。

 視力がそれほど良くない上に、遠目から見ていたから分からなかった。
 彼こそがあの西山さんなのだ。

 噂の彼がどうして私の横に。
 当然の疑問が浮かぶ中、彼は当たり前のように新しいグラスにビールを注ぎ始めた。

「お注ぎします」なんて気の利いた台詞も、ない唾と共に飲み込んでなにも出てこない。
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