恋人のフリはもう嫌です
私は突然の襲来に満面の笑みを仕舞い込みながら、ギギギッと油を差し忘れたブリキのおもちゃみたいに首の向きを前に向けた。
どうして彼がここに?
お陰で、酔いも一気にさめた気がする。
「見ない顔だね。新人さん?」
「ええ。まあ、はい」
親しげに話しかけてくる、彼の顔がまともに見られない。
「健太郎の知り合いって、君?」
「え。健太郎さん?」
聞き馴染みのある名前にパァッと顔を明るくさせ、彼の方にもう一度顔を向けると、彼は整った顔立ちを崩して苦笑していた。
「まさか、健太郎に食いつくとはね」
口元に拳を当て、その指先まで綺麗なのは、もはや嫌味だ。
顔を少し崩したくらいでは、彼の色気は衰えない。
『目が合っただけで妊娠』も、あながち大袈裟ではないかもしれないとまで思えてしまう。
こんな間近で目を見つめて微笑まれたらやられてしまいそうで、そっと目を逸らして言葉を濁す。
「いや、えっと」